第15話


 翌朝いつも通りひまりを起こしに行けば、寝起きの悪さを除いても彼女は不機嫌さを残していた。

 相変わらず唇を尖らせて、話しかけても反応が薄い。


 最初はそんなひまりを元気づけようと積極的に声を掛けていたが、だんだんと億劫になり始める。

 触れぬが仏と、とうとう知らん顔をしてしまっていた。


 殆ど会話もないまま駅まで向かい、電車に乗る前にコンビニエンスストアに立ち寄る。


 そこで晴那は昼ご飯を、ひまりは朝ごはんを購入するのが日課になっているのだ。


 あの日以来、晴那はいつもジャスミン茶を購入しているのだ。

 それとサンドウィッチ、後は由羅と食べるためのチョコチップクッキーを持って、レジまで持って行った。


 「支払いは?」

 「これで…」


 恐る恐るポケットから取り出したのは、普段電車に乗るときに使用しているSuimoだ。


 昨日のサラリーマンと同じ場所にカードをかざすが、なぜかブーとエラー音が鳴りだしてしまう。


 昨日のサラリーマンは良くて、どうして晴那のSuimoでは購入が出来ないのか。

 戸惑っていれば、見かねたようにひまりが助け舟を出してくれた。


 「すみません、こっちでお願いします」


 そう言って、ひまりが自身のsuimoをタッチすれば、ピピッと完了を告げる音が響いた。手提げ袋を受け取ってから、先を歩くひまりの後を追う。

 

 「ありがとう」

 「あんた、それチャージしたことある?」

 「チャージ…?」

 「お金入れて、買い物するの…てか、なんでそれで電車乗れてるかわかってる?」


 母親に渡されたまま使っていたため、知るはずもない。首を振れば、ひまりは呆れたようにため息を吐いた。


 「はあ…本当、世間知らず過ぎて見てらんないわ」

 

 そういうけれど、彼女からは悪意は感じない。

 田舎者を馬鹿にするのではなく、呆れつつも心配と優しさが滲んでいるからこそ、晴那はひまりのことがちっとも怖くないのだ。


 「どうやってチャージするの?」


 時計を確認すればまだ時間はあるため、晴那はひまりと共に改札売り場へと移動していた。


 慣れたように、彼女は端末を操作している。


  「ここに置いて」


 ひまりの指示に従って、Suimoを指定の位置に置く。

 初めての体験で、晴那はどこか緊張してしまっていた。


 「とりあえず千円入れて」


 言われたとおりにすれば、「チャージをしています、動かさないでください」と表示される。それからすぐに「完了しました」という文面が画面に並んだ。

 どうやら、これで無事にチャージすることが出来たらしい。


 ようやく、Suimoで購入する仕組みが何となくだが分かってくる。Suimoは決して魔法のカードではなく、入金することで様々な所で使えるようになるのだ。


 「お金入れないと買い物も電車乗るのも出来ないから」

 「けど、学校まではいけるよ」

 「交通定期だから学校までの間だったら乗り降り自由だけど、それ以外はお金掛かるの。はみ出た分はチャージ額入ってないと降りれないからね」


 つまり、晴那が知らなかっただけで母親が色々と手続きをしてくれていたのだろう。やはり、まだまだ知らないことは沢山あるのだ。

 

 お礼を言えば、ひまりは再びぶっきらぼうな様子に戻ってしまった。根は親切なくせに、どうして時々子供のようにむくれてしまうのか。

 まだ出会って日が浅いせいで、ひまりが何を考えているのか、よく分からないのだ。

 

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