第6話


 初めて乗る満員電車は、予想通り窮屈だったけど、彼女がいるせいか想像よりも怖くなかった。


 目の前にいる、瀬谷ひまりの姿をちらりと見やる。160センチは超えているのか、晴那より頭ひとつ分背が高い。


 鼻が高く、二重もぱっちりしていて可愛らしい顔立ちをしている。


 前髪もくるんと綺麗にカールしていて、全体的に緩く巻かれている髪の毛はふわふわとしてお人形さんのよう。

 制服も晴那と同じものなはずなのに、ほどよく着崩しておしゃれだ。


 肌の色も、透き通ったように白くて綺麗。沖縄育ちですっかり日焼けしきっている晴那とは大違いで、思わず彼女に視線を奪われてしまう。


 「可愛い…」

 「は?」


 思わず口から出て、慌ててマスク越しに口を押さえる。

 しかし至近距離のため、ひまりにはしっかりと聞かれてしまっていた。


 「いきなり何?」

 「いや…東京の女の子はみんな可愛いなって」

 「沖縄の方が美人多いってよく言うじゃん。てか、島袋ってなんでずっとマスク付けてんの」

 「花粉症だから…」

 「ふーん」


 特に意外性がなかったのか、ひまりはつまらなそうに気の抜けた返事を返してきた。

 すぐにスマートフォンに視線を移してしまったため、晴那も再び窓の外へ意識をやる。

 

 そのまま暫くボーッと過ごしていれば、ひまりから「あのさ」と声を掛けられて、もう一度彼女の方を見やった。


 「あんた、一人で電車乗れないわけ?」


 ずっと恥ずかしくて誰にも打ち明けられなかったそれを、晴那は素直に頷いて認めてしまっていた。


 ホームで佇んでいたところは何度も見られているし、今更言い訳をしても墓穴を掘るだけだと思ったからだ。


 「…いつも何時くらいから駅にいたの?」

 「7時30分」

 「はやっ。じゃあ、家出る時間も考えて…あんた、早起きって得意?」

 「夜更かしよりは……?」

 「わかった。これからあたしが一緒に電車に乗ってあげる」

 「え……?」


 願ってもない申し出に、つい声を上げて驚いてしまう。

 まだ対して仲良くもない晴那に、どうしてそこまで親切にしてくれるのかと戸惑っていれば、ひまりはポケットからある物を取り出した。


 「はい、これ」


 そう言って彼女が晴那に渡したのは、家の鍵だった。

 キーホルダーも何もついていない、シンプルなそれを受け取るが、彼女の意図がちっとも分からない。


 「なんで鍵…?」

 「代わりに、毎朝あたしのこと起こしに来て。それうちの合鍵だから」

 「ひまり、朝苦手なの?」


 思ったままに尋ねれば、なぜかひまりは目を瞬かせており、若干狼狽えてしまっている。


 「なに…?」

 「いや、ふつういきなり下の名前で呼ぶ…?」


 もしかしたら、東京ではそうじゃないのだろうか。

 沖縄にいた頃はクラスメイトは性別を問わず皆んな下の名前で呼んでおり、学校の先生に対してもそれは変わらずだった。


 クラスメイトを名前で呼ぶということは、今まで沖縄では当たり前だったけれど、こっちではそうじゃない事の一つだったのだ。


 「もう、呼ばない」

 「いや別にいいけど…あんた、大人しいのか肝座ってんのかよく分かんないわ」


 ひまりは怒っている様子はなく、どちらかと言えばおかしそうに笑みを浮かべていた。

 教室ではクラスメイトの中心で無愛想にしている彼女の年相応な表情。


 こんな顔もするのかと、どこか新鮮な気持ちで見つめてしまう。


 学校の最寄駅に着いてから、ひまりに手を引かれるままに電車から降りる。


 遅刻せずに、ここまで来られたのは初めてだ。

 改めて彼女に向き直り、晴那はしっかりと目を見てお礼を言った。


 「…ありがとね」

 「別にこれくらいいいわよ」

 「始業式の日の分も、ありがとう。お礼言えなかったから」

 「何の話?」

 「うるさいって、周り静かにしてくれた」

 「別にいいし」


 うるさかったから言っただけだし、とひまりは続ける。

 恩を着せたかったわけでもなく、あれは彼女の純粋な好意だった。


 無愛想で、一見冷たく見えるお隣さんは、実はかなり優しい女の子だったのだ。


 学校までの道を歩きながら、晴那はやけに注目されていることに気づいた。

 いつにも増して、ジロジロと視線を寄越されているのがわかる。


 「あれって、島袋さんとひまりちゃんだよね?」

 「仲良いのかな…?」


 背後からそんな声が聞こえて、視線の正体をようやく理解する。

 地味な転校生と、クラスの人気者。側から見たら接点なんてない二人に、注目が集まってしまっているのだ。


 「ひまりって、やっぱり人気者なんだね」

 「あたしがこの顔じゃなかったら、誰も興味なんて持たないわよ。性格キツイってよく言われるし」

 「そうかな…?」


 確かに堂々としているため一見近寄り難いが、実際はちっともそんなことはない。


 晴那の手を取って、引っ張ってくれる程度には面倒見がいいし、彼女の言葉の端々からは嫌味がまったく感じない。


 ルックスが可愛いという理由だけで人に囲まれているわけではないだろうが、それを晴那が言ってもいいのだろうか。


 まだ、晴那がひまりについて知っていることは、少ないのだ。


 校門を潜ってそのまま教室へ向かうかと思いきや、ひまりは用事があるからと言ってどこかへ行ってしまった。


 一人で靴を履き替えて、教室へと向かう。

 

 暇だから動画サイトで動物の動画でも見ようかと考えていれば、席に着いた途端にクラスメイトの女子生徒二人組から声を掛けられた。


 「島袋さんさ、ひまりと仲良いの?」

 「え…」

 「朝、駅で一緒だったじゃん!まじ意外なんだけど」


 今まで一度も喋ったことがない人に早口で話しかけられて、思わず言葉を詰まらせてしまう。

 視線も気付けば下がってしまっていた。


 ひまりとの関係を、他人にどう説明すればいいのだろう。友達と呼ぶには、まだ少し早い気がする。


 しかし、ただのクラスメイトにしては距離が近いのも確かだ。


 「…その、たまたま駅で一緒になって」


 口から零れたのは、当たり障りのない言葉だった。

 彼女たちは面白みのない答えに、つまらなさそうなリアクションを見せる。


 「なーんだ。仲良くなったのかと思ったのに」

 「転校生もさ、もし分かったら教えて欲しいんだよね」


 少し声のボリュームを落としてから「ひまりの好きな人」と、言葉を続ける。


 予想外のその言葉に、つい驚きを見せてしまっていた。


 「好きな人いるの?」

 「うん。あの子可愛いのに、ずっと彼氏作らないんだよね。それで、聞いたらずっと好きな人がいるらしくてさあ。初恋の人がずっと好きなんだって」

 「そう、だからもし聞いたら、うちらに教えて」


 よろしくね、と肩を数回叩かれた後、彼女たちは自分の席へと戻っていた。

 

 ひまりはアイドルのように顔が整っているのだから、てっきり恋人の一人や二人くらいいるのかと思っていた。


 初恋の人を思い続けているなんて、意外と一途なところもあるのだ。

 

 人伝とは言え、ひまりの意外な一面を知ることが出来て、どこか嬉しくなってしまっていた。

 


 


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