わからせ漱石 ガキ十夜

@isiyeaaaaar

第一夜

こんな夢を見たんだが?

腕組をして枕元に座っていると、仰向けに寝たガキが、静かな声でもう死にま~す♡ざぁこ♡と云う。メスガキは長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな生意気顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えないんだが?しかしメスガキは生意気な声で、もう死にま~す♡残念でした♡と判然云った。自分も確にこれは死ぬなと思ったんだが?そこで、は?もう死ぬのかね?と上から覗き込むようにして聞いて見た。死にま~す♡彼氏居ない歴=年齢♡と云いながら、メスガキはぱっちりと眼を開けた。大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、おじさんの姿が鮮に浮かんでいる。

おじさんは透き徹るほど深く見えるこのメスガキの色沢を眺めて、は?これでも死ぬんだが?と思った。それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃないか?大丈夫なんだが?とまた聞き返した。するとメスガキは黒い瞳を眠そうに見張ったまま、やっぱり静かな声で、でも、死にま~す♡ざぁこ♡前髪スカスカ♡薄給♡仕方ないわ~wと云った。

じゃ、おじさんの顔が見えてるか!ガキが!ガキなんかに負けないんだが?と一心に聞くと、見えるかって、そこに写ってるじゃ~ん♡ざぁこ♡実家暮らし♡と、あざとく笑って見せた。おじさんは黙って、皮脂にまみれた顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかな?と思った。

しばらくしてガキがまたこう云った。

「てか、死んだら埋めてほしいんだけどw大きな真珠貝で穴掘ってさwそうして天から落ちてくる星の破片を墓印においてねwそれで~墓の傍でまっててwまた逢いに来るからw」

おじさんは、は?またってもう会いに来ないだろ?引っかからないんだが?と聞いた。

「日が出るじゃんwそれから沈むでしょwそれからまた出るでしょwそうしてまた沈むでしょw――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちていくうちに、――おじさん、待ってられる?w見た目冴えないおじさんだし、チビで泣き虫の負け犬だから無理かな~w」

自分は黙って首肯いたんだが?メスガキは生意気な調子を一段と生意気に、

「百年待っててくれたらいいことしてあげるよwざこおじさん♡」と思い切った声で云った。

「百年、わたしの墓の傍に坐って待っててくれた逢いに来てあげるよおじさん♡ざぁこざぁこ♡ざこ陰茎♡」

おじさんは、は?大人だからそれくらい余裕なんだが?ただ待っているんだが?と答えた。すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、メスガキの眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいたんだが?

おじさんはそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑らかな縁の鋭い貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿った土の匂もした。穴はしばらくして掘れた。ガキをその中へ入れた。そうして、柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝での裏に月の光が差した。

それから星の破片の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑かになったんだが?と思った。抱き上げて土の上へ置くうちに、おじさんの胸と手が少し暖くなった。

おじさんは苔の上に坐った、これから百年の間こうして待っていないといるんだな、大人だから時間なんかに負けないんだが?と考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。そのうちに、ガキの云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちていった。一つとおじさんは勘定した。

しばらくするとまた唐紅の天道がのそりと上ってきた。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。

おじさんはこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分からない。勘定しても、勘定してもしつくせいないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ないのだが?しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分はメスガキに欺されたんだが?と思い出した。

すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうどおじさんの胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。おじさんは首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁へ接吻した。おじさんが百合から顔を話す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。

「百年はもう来ていたんだが?」とこの時始めて気がついた。

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