文化祭準備 買い出し(後編)
◇◆◇
「あのさー、僕はともかく君らって今十代真っ盛りのはずだよね?」
がらがらとカートを押しながら、黒羽が聞く。カートの中には価格オフシールの張られた野菜や肉がこれでもかというほど詰め込まれていた。
「おう。活きのいい高校生だぞ。」
しいたけを放り投げ入れながら愁が答える。勿論、お値段10%オフのものだ。
「なんでピッチピチの高校生がこんな主婦まがいのことしてんのかなー!?」
叫ぶ黒羽を無視して今度はいなりがカレーのルーをカゴに放り込む。ついでにケチャップも買い足しておく。
「ここ新宿だよ?今いるのショッピングモールだよ?ウィンドウショッピングとか期待していた僕のワクワクを返して。」
「そう言われましても。」
いなりの家では基本、夕食の支度は佐助の分担だ。吉祥寺家の不文律『みずめを台所に近づけさせない。』が効力を発揮しての分担である。
ただし、例外として佐助が対局の日はいなりが作ることになっている。対局がある日はいつ帰れるかわからないからだ。速ければ17時なんかにはもう帰れる時もあるのだが、対戦相手によっては深夜まで打ち続けることもままある。
今日はまさに佐助が対局の日であるため、夕食の支度をいなりがしなくてはならない。八坂に戻ってから地元のスーパーで買い物をするよりも、買ってから帰った方が楽だ。なのでここで買い出しを済ませているわけである。
「そもそも愁、君そんな主夫系男子だったけ?」
「俺が料理するわけじゃねえよ。出かけるならついでに飯の材料買って来てくれって虎からメールがあったから。」
えーっと、とスマホで送られてきたという買い物リストを確認しながらひょいひょいと手慣れた様子でカゴに次々と品を入れていく愁。明らかに一家族分の量とは思えない量の食材を買い込んでいる。
というのも愁曰く、大江山組員全員が大江山一家と同居しているわけではないらしいが、三鬼や平安時代から酒呑童子に仕えているなじみの妖怪なんかは共に住んでいたりするのだとか。さらには大食いの妖怪が多いと言うのだから、食材の消費がとんでもなく激しいらしい。
「おつかい気分でこの量買うのもどうだと思うけど。あ、それよりもこっちの方が安いんじゃないのー?」
「地味にお前も参戦してんじゃねえか。」
◇◆◇
スーパーを出ると、黒羽は一つ、いなりは二つ、愁は合計五つのレジ袋を持っていた。もはや何を目的として新宿にやってきたのか分からない。
「結局、なんか僕まで買っちゃったし。」
「逆にお前は夕食どうしてんだ?」
「んー、菓子パンとか?」
「嘘だろ!?」
「嘘だよー。」
からかわれて間抜けな顔をさらす愁。黒羽はそれを見て楽し気に笑っているが、あのレジ袋の中身の半分が本当に菓子パンなのをいなりは黙っておくことにした。
買い出し(文化祭用)と買い出し(夕食用)を済ませ、ようやく帰路につくことになった三人。ようやくというほど時間はたっていないが、割と充実した時間を過ごしたためか妙に長く時がたつのを感じていた。
帰りの電車を調べるために、いなりは時計を見ようと上を見上げた。腕時計ではなく、広場の時計台を見ようとしたのはレジ袋で腕が塞がっていたからだ。
『・・・続いてのニュースです。』
だから、頭上から流れてきたアナウンスにいなりが気を取られたのは本当に偶然のことだった。
『今日の今朝、東京都池袋で身元不明の男が大手百貨店・TOBUで突然発狂し、近くにいた二十代の女性二名を刃物で切りつけました。なお、その後男は現場で警察に逮捕されました。』
テロップが流れるとともに、映像が大型の画面に映し出される。
流れた映像は一瞬だったが、黒い帽子をかぶった男が狂ったようにナイフを振り回していたように見えた。
『今年の夏に入ってからこれで十七件目の殺傷事件です。それも立て続けに。いずれも福岡や東京、名古屋といった都市で起きており、警察への記者会見によりますと加害者は皆精神病患者だと言われています。皆さん、お出かけの際は気を付けてください。』
「最近こういうニュース多いですよね。」
今朝家を出る前に見たニュースも同じ内容のものを取り上げていた気がする。
この殺傷事件の不可解なところは、加害者が異なっていながらいずれも突発的に暴れだすというところ。どれも全く別物の事件であるはずなのに、妙な共通点があって不気味だ。
「今年の暑いからねー。気も狂うんじゃないー?」
「だからって刃物振り回すか?せいぜい裸で走り回るくらいの方が可愛げあるだろ。」
「それはただの変態です。」
と、その時。
「ぐるるる・・・・・。」
「え、愁お腹でも下した?」
「なんで俺なんだよ!?つうかどう聞いても腹下した音じゃねえだろ!」
勿論、これは愁の腹下しなんかではない。
これは、人の声だ。
「があああぁぁぁあああぁあああ!!!」
その男は、広場のベンチに座っていたはずだった。
いなりの記憶の中で、その見知らぬ男は退屈そうにスマホを眺めていただけだった。
なのに、今はうなり声をあげて四つ足で狂ったように飛び回り、周囲の人々に襲い掛かっている。犬歯をむき出し、目は赤く充血している。まるでリアルなゾンビ映画だ。
「うわあ!!こっちくんなあああ!!」
「動画取ってんじゃねえ!!さっさと警察呼べよ!」
「きゃあああああああこっちきたああ!!」
「誰かあああ!!!」
広場内はたちまち阿鼻叫喚に飲まれる。
ショッピングモール内の警備員が何人か向かっていったが、時間の問題である。
「まーじかー。フラグ立った気配はしてたけど早すぎないー?」
「冷静に見てる場合かボケ!!」
「とにかく逃げましょう。」
三人とも腕に自信はあるが、今はとにかく逃げるしかない。
横濱や裏八坂祭とは違い、ここは人間の目がある。妖怪の領分ではない。妖術は論外としても、建前上一般高校生であるいなり達が一発で暴漢を沈めたなんて真似はできない。
襲われている人々を見捨てるという選択は良心が痛むが、それでも今の自分達は人間なのだ。できることは何もない。この場を急いで離れることが最善だ。
「ていうか、なんかあれ違和感があるんだよなー。」
切羽詰まっている状況だというのにマイペースに黒羽はそんなことをぼやいた。
「違和感なんざありまくりだろ!んなもんエクソシストの世界しかいねえよ!!」
愁は逃げ惑う人々の波にもまれながら叫ぶ。それでも荷物を死守しているのはやはり物が食べ物だからだろうか。
「人間ってあんな気配だっけ。」
「「は?」」
しかし、その真剣な呟きは悲鳴に飲まれる。
変わりに、耳障りな機械音声が広場の喧噪を遮った。
『警察です!!すでに暴漢は取り押さえました!!』
「え、いつの間に?」
「随分到着が早かったみたいですね。」
警察、という単語によって広場のパニックが徐々におさまってくる。
人の波の動きがおさまってみると、かなり広場から離れた場所にいなり達は流されていた。しかし、そこにいても拡声器の声は十分はっきりと聞こえる。
『現場保存のため、お客様方は速やかにこの場から離れてください!繰り返します、お客様方は速やかにこの場から離れてください!』
「とんずらするなら今のうちだね。」
「面倒ごとは御免です。」
「お前ら揃ってなんつー思考回路してんだよ。だけど今回ばかりは賛成だ。」
文化祭準備に非協力的ならば事件の捜査にしても非協力的なものだ。
人間のことは人間に任せるのが一番良い。
ここは警察に任せて、三人は買い物袋を携えて駅に向かった。
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