件の友人
夏野資基
件の友人
最近、頻繁に夢を見る。牛の頭に人間の身体を持つ、魔法使いの夢だ。
魔法使いは何故だか知らないが、私の願いを何でも叶えてくれる。私が掃除をやりたくないと嘆けば魔法で部屋を掃除してくれるし、私が仕事へ行きたくないと嘆けば魔法で会社を爆破してくれるのだ。私は夢の中で魔法使いの与えてくれる楽園を噛み締める。現実もこうだったらいいのに。
でも、現実は甘くない。夢から醒めた私を出迎えるのは、いつもと変わらない汚部屋と、いつもと変わらない上司からの鬼電だけだ。夢と現実のギャップに、私はいつも涙を流す。
そんな話を酒の席で友人にしてみると、願い事なんてせずに現実を変えればいいじゃないか、と言われてしまう。私は酒の勢いもあって、酷く怒る。図星だった。言われなくても分かってる。いつも部屋が綺麗で仕事も順調な友人には、私のような人間が分からないだろう。朝はやく起きて夜おそくまで働いて泥のように眠るだけの生活を繰り返し、部屋を片付ける元気も仕事を辞める勇気もない私には、もはや魔法使いしか居ないのだ。そう
なんだか無性に人恋しくなったので、その日の夢で彼氏が居たらなあと魔法使いに嘆いてみる。すると驚くことに、魔法使いが首を振るではないか。断られたのは初めてだったので理由を尋ねてみるも、魔法使いは答えない。まさか、夢にすら見れないほど望みが薄いのだろうか? そう思うと悲しさよりも悔しさが勝って、夢から醒めた私は早速マッチングアプリをダウンロードする。こうなったら寿退職だ。魔法使いのような素敵な人を捕まえて、結婚してやる。
しかし、私の婚活を聞きつけた上司がなぜか激怒して私の仕事を増やしやがったので、婚活は強制終了となる。毎日23時に終業するような生活となり、友人の家へ謝りに行くことすらできない。
そんな生活が数ヶ月続いたある日、事件が起きる。なんと、上司が私に愛の告白をしてきたのだ。ずっと私のことが好きだったらしく、毎日続く朝の鬼電も昼のウザ絡みも夜の強制残業も、私とお喋りしたくてわざとやっていたのだと言う。ガキかよ。そういうわけでお断りすると、激怒した上司が私を突き飛ばし、馬乗りになって殴りかかってきた。2人きりのオフィスで、私は上司にボコボコにされる。痛い。痛い。ものすごく痛い。私も抵抗してみるが、図体のでかい男の上司に図体のちっさい女の私が勝てるはずもないし、助けを呼ぼうにも近くには他に誰もいない。スマホで警察を呼ぼうとしたらスマホを破壊された。暴力の合間を縫って逃げ出そうとしたら足を折られた。折れた足じゃ逃げ出せない。誰か助けてと叫んでみてもやっぱり誰も来ない。何度もお腹を殴られた。何度も顔を殴られた。そろそろ服も脱がされそう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。困り果てた私は、ぎゅうと目を瞑って嘆くしかない。ああ、魔法使いが助けに来てくれたらなあ!
すると、凄まじい爆発音と同時に、私に馬乗りになっていた上司が横に吹っ飛ばされ、壁に激突したような音が聞こえた。おそるおそる目を開けてみると、壁の隅に転がっている上司の近くに、数ヶ月ぶりの相変わらず美しい私の友人の姿があった。上司のズボンのベルトにお手製らしき細長い爆弾をどんどん挿し込んでいく友人にツッコむ暇もなく、私の意識はそこで途切れる。
目が醒めると、私は自室のベッドで横になっていた。痛む身体を起こして周囲を見回すと、私の汚部屋が美部屋に変わっている。スマホは破壊されたままでクソ上司からの鬼電も来ないし、殴られまくった身体には丁寧な手当てまで施されている。なんで? 私が驚いていると、台所に居たらしい友人が美味しそうな朝ご飯とともにこっちへ来てくれた。部屋の掃除や会社の爆破よりも、おまえの上司を半殺しで我慢してやるほうがよっぽど大変だった、と文句を言いはじめる友人に、私はたまらず思い切り抱き着いてしまう。私の腕の中で珍しく赤面している
それ以降、件の魔法使いの夢は見ていない。
(了)
件の友人 夏野資基 @natsunomotoki
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