8.夏伊の答え
夕日に染まる空が赤い。そして、屋上は寒い。
愛美と共に屋上に来た。クッキーを渡すために。お互いにコートは来てる。もう放課後だから、あまり人も居なくて、騒がれることもなかった。屋上につくと愛美は「寒い……」と言いながらも、校庭がよく見えるフェンスに近づいていく。そんなに愛美を見ながら、夏伊は愛美に声をかけ、近づいていく。
「何? 斗神、くん……」
夏伊の顔を見ずに愛美は返事をする。
「渡したいものが、あるんだ……」
すると、すごく小さな声で何かを言ったのが聞こえた。そして、赤い糸から、悲しみが伝わってきた。
「神板さん……。オレの今の気持ち……」
そう言ってクッキーを渡す。すると、愛美のひとみに涙がにじんだのが分かった。
「私、の事……」
ホワイトデーに渡すものには物によって様々な意味がある。今回はクッキー。クッキーの意味は“友達”だ。でも、“今”は友達という意味を込めて、愛美に渡した。
「今の気持ちはそれ。だから、今、それを食べてみてくれないかな?」
「今、なの?」
愛美の問いかけに夏伊が頷き、屋上にあるベンチへ二人で腰をかける。
「これ、手作り?」
愛美が紙袋からクッキーを取り出し、夏伊に問いかけてくる。それに、夏伊が頷く。
「いただきます」
「どうぞ」
夏伊は緊張しながら、愛美が手にしたクッキーを食べ終わるのを待つ。すると愛美が“赤い糸”と言いそうになっているのがわかる。だから、夏伊はそれよりも早く、言葉を発していた。
「見えた? ソレの存在は秘密だから、言葉にしないでね」
夏伊の問いかけに愛美が頷く。そして、ベンチから立ちあがり、校庭が見えるフェンスに近づいていく。
「本当に……」
夏伊はその言葉を肯定するように頷き、愛美のそばに行くと、愛美が驚きと喜びの表情で夏伊を見つめ、教えて欲しいと視線でうったえているのがわかる。だけど、それに答えることはまだできない。だから、夏伊はニッコリと笑顔を作るだけにした。すると、愛美と夏伊は先程と同じ場所に腰掛け、こう言った。
「斗神君まで、おばあちゃんに似てる……」
「えっ?」
「肝心なことは教えてくれないで微笑むところがおばあちゃんにそっくり」
「ごめんね、神板さん。今は言えないんだ。でも、今のオレの気持ちでも良ければ……」
夏伊はそこで言葉を切り、ベンチから立ちあがり、愛美の前に行き、しゃがみこみ、愛美の両手を優しく握りしめこう続けた。
「付き合ってください。神板さんの事をもっと、知りたいんだ」
その言葉に嘘はない。本心だ。ちゃんと愛美の事を知って“好き”になりたい。
「……えっ、……付き合う……? 私と、斗神君が?」
「うん。オレはバレンタインデーのあの日、神板さんから“本命チョコケーキ”をもらいたかったんだ。だけど、余計なことを朝、言っちゃったから……、欲しいって言えなくて……。でも、神板さんが作ったチョコケーキは欲しくて。“友チョコ”って言っちゃったんだ。ごめん」
素直にあの時の気持ちを愛美に言えた。夏伊は愛美の返事をジッと待つ。
「そうだったんだ。私……勘違いしてた。振られてなかったんだ……! えっ?」
「だから、もう一回言うね。神板さん、今のオレの気持ちでも良ければ付き合ってください。神板さんの事を知りながら、この気持ちを育てたいんだ」
すると、愛美が嬉しそうに頷く。すると、愛美と繋がっている赤い糸が少し太くなり、愛美の嬉しい感情が伝わってくる。そして、夏伊自身、見えなくなっていた他の赤い糸がきちんと見えてきた。
以前までは赤い糸が見えることがウザくて仕方がなかった。だけど、今は不思議と喜びを感じる。
「斗神君、よろしくお願いします」
その愛美の答えに、夏伊は笑顔で頷き、愛美を優しく抱き締めていた。
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