黄色とオレンジ色の糸

佳宮side

1.初めてのオレンジ色

 鉄野佳宮てつのかみやには幼い頃からずっと、外すことが出来ない糸が見えていた。

 それは誰にでもある糸。

 それは左の中指にあるオレンジ色と黄色の糸。これは、友達になれる人が現れるとお互いの中指に現れ、結ばれる。でも、その糸はすごく脆くて、少しのことで消えてしまう。だから、その糸を外したい、見たくないと佳宮はずっと思っていた。


◇◆◇◆◇


 そんな思いを持ち始めた小学校三年の時、転校してきた男の子──斗神夏伊とがみかいがいた。

 夏伊が教壇の上で、自己紹介をしているとき、自分の左の中指と夏伊の左の中指に黄色の糸が絡まった。それは“友達になれる”という証。佳宮が幼い頃だったら、喜んでいただろう。


“友達がまた増える”


 だけど、今は違う。喜びよりも、悲しみの方が大きかった。


“どうせ、この糸は消える……”


 小学校三年になるまで、結ばれては消えるこの黄色い糸を何度も見てきた。その糸が見えるのは自分だけ。そして、他人の黄色い糸、オレンジの糸も見える。その糸をよく見ていれば、幼いながらに理解したことがあった。


“ちょっとしたすれ違いで、この糸は簡単に消える”


 だから、自分から、関係を結ぶのが怖くなっていた。だから、こうして、自分の左の中指に黄色の糸が絡まっても嬉しくない。どちらかと言えば悲しさを感じるようになっていた。それなのに、夏伊は佳宮に何かと話しかけてくる。そんなことが続いたある日、佳宮は夏伊を誰もいない教室に呼び出していた。


「誰にも聞かれたくない話でもあるのか? オレ達だけの秘密を作るのか?」


 その声は、どこか楽しそうに佳宮には聞こえていた。


(なんで、そんなに楽しそうなんだよ……)


 佳宮が夏伊に一言“黄色の糸が見える”と言ってしまえば、黄色の糸は消えて、夏伊とはただのクラスメイトになるだけ。だけど、それを言う勇気はない。変なヤツだと思われたくないから。だから、佳宮は、佳宮と夏伊にとって出来るだけ当たり障りのない言葉を口にした。


「……、頼むから、おれに関わらないでくれ──」


 自分で言っていて悲しくなる。


「なんで? オレは佳宮、いや、ミヤと友達になりたい」


 その言葉を聞いた瞬間、佳宮と夏伊の左にある黄色の糸が少し太くなり、黄色からオレンジ色へと変わったことに気がついた。


「えっ……」


 佳宮からもれた声。これは、佳宮と夏伊を結んでいる黄色の糸に変化があったから。夏伊の言葉に対してではない。だけど、こんなことを言われたのは初めてで、二つの驚きがあり、思わず口から声を発していた。


「イヤなのかよ……、オレと、友達になるの……」


 その声は、すねていて、悲しく聞こえる。夏伊を見ると、不安そうに佳宮を見ていた。

 本当はスゴく嬉しい。自分の事を「鉄野」や「佳宮」ではなく「ミヤ」と呼んでくれたことが嬉しい。今まで、親しい友達がいたことがなかった佳宮。自分だけのあだ名をもらえた感じがして嬉しかった。でも、過去の記憶に引きずられ、再び、うつ向く。


「答えろよ……、ミヤ」


 また「ミヤ」と呼ばれ、佳宮が夏伊を見ると、こんなことを言われた。


「なんで、泣いてるんだ?」

「えっ……?」


 手で目元に触れると確かに濡れている。


「そんなに友達になるのがイヤなのか?」


 それを聞いて、とっさに、こう言っていた。


「イヤじゃない! ……スゴく、嬉しい」

「なら、なんで、こんなところに呼び出したんだよ」

「……それは」


 そこまで言って、黙ってしまう。呼び出した理由はこれだから。


“黄色い糸がせっかく繋がったのに、それが消えてなくなるのはもう見たくない。だから、関わらないで欲しい”


 これは誰にも言えないこと。だから、前の部分を省略して、夏伊に伝えた。糸の事を言ってしまったら、夏伊との繋がりが消えてしまう。それはイヤだった。

 初めて黄色からオレンジ色に変化したのだ。本当はそれを大切に、夏伊と共に友情を育てていきたい。だけど、今までの経験を思い出すと、怖くて、何も行動できない。佳宮の中で矛盾した想いがあるのは自覚している。

 佳宮はこれ以上何も言う事が出来なかった。すると、夏伊が佳宮に近づいてきた。距離が近くなるにつれて、佳宮が距離をとろうと離れると、スゴく小さな声でこう言われた。


「もしかして……、お前も……」


 そう言って、左手をさしだしてきた夏伊。その言葉と態度に、佳宮が目を見開き夏伊を見る。すると、夏伊が少しだけ口角を上げたのがわかった。


「オレは……」


 夏伊が自身の小指を指さす。


「お前は?」


 糸の事を言ったら消えてしまう。だけど、どの指が指さすぐらいきっと、大丈夫だと思いたい。佳宮は勇気を出して、中指を指さした。それを見た夏伊が、佳宮の左手を取る。


「オレ達は、同士……、仲間だ」


 そう言い切られ、佳宮が頷く。


(初めてできた仲間……、友達……)


 それを噛みしめていると、夏伊は佳宮と繋いでる手を引き、歩き始めた。


「どこ行くんだよ」

「オレん家」

「なんで」

「仲間だから、家族に紹介するんだ! オレと似てるって」


 夏伊の嬉しそうな笑顔につられて、佳宮も笑顔になった。それが、佳宮にとって初めて出来た友達。初めて、中指にある糸を見て、笑顔になれた。

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