4.バレンタインデー当日

 学校にチョコを持ってきている女の子がたくさんいる。だからなのか、チョコの匂いがほんのりと漂っている。その匂いを感じているとふと肝心な事に気がついた。


(あの人……、甘いの好きなの?)


 それをふと思った瞬間、持ってきたチョコケーキの事を思い出していた。

 愛美自身、甘いのが苦手。だから、出来るだけ甘さを控えたつもりだ。でも、夏伊の味の好みはわからない。あまり喋ったことがない、そして、好みの話なんて聞いたことがない。


(どうしよう……)


 バレンタインデー当日になって、後は渡すだけとなったときに、大事なことに気がついてしまった。愛美が頭を抱えていると、知乃の元気な声が聞こえてきた。


「頭抱えて、どうしたの?」

「おはよう、知乃。あのね……」


 知乃の耳元で、気がついたことを話す。すると、知乃に抱き締められた。


「大丈夫、気にしないのが一番」

「なんで?」

「だって、それを渡す意味は?」

「あっ……!」


 チョコケーキを作った理由。それは、夏伊に愛美の気持ちを伝えたいから。食べてくれたら嬉しいけど、愛美の気持ちを受け取ってくれるのか、受け取ってくれないのか。それを知りたくて、チョコケーキを作ったんだ。


「ありがとう、知乃。うちのおばあちゃんと同じ様なこと言うんだね」

「そうりゃあ……、ねぇ」


 本当にそっくり。確かにそうだ。百合と知乃はなぜだか、馬が合う。だから、知乃が愛美の家に遊びに来たときは必ず、1時間は百合とお話をしてる。それをしているとき、愛美もその場にいて話を聞いているけど、話には入らない。話している内容にあまり興味がないから。

 ふと、夏伊の席を見ると、既にチョコが置かれていた。買ったものから、手作りまで、様々なものが置かれている。


「愛美はいつ、渡すの?」


 その問いかけに、答えることが出来ない。愛美が黙っていると、知乃がこう言ってきた。


「きっと、お昼休みも、放課後も呼び出されるでしょうね、カレ」

「うん……。渡す暇、無さそう……」

「それじゃあ、渡せないよ。どうするの?」


 愛美は自分で作ったチョコケーキを見つめていると「お昼の時に……、一緒に食べる」と口をついて言葉が出ていた。


「渡さないの?」

「お昼休みだったら、いつも、教室で食べてるから……。その時だったら……」

「それでいいの?」


 愛美に勇気がないから、きっと、それを選んでいる。愛美の気持ちを伝えるより、チョコケーキを食べてもらいたくて。


「気持ちは伝えないの? 伝えるために、作ったんじゃないの?」

「だって……」


 愛美が、言い淀んでいると「おはよう。朝からどうしたの? 悩み事?」と佳宮の声が聞こえてきた。愛美と知乃が挨拶をし返すと、佳宮は夏伊の机の上を見て、小さなため息をつきながらこう言った。


「それにしても毎年、夏伊の机の上はスゲーな」


 その言葉に反応したのは知乃だった。


「本当に、これじゃあ、チョコ嫌いなんじゃない?」

「あー……、夏伊より、おれの方がキライ……」

「なんで?」

「チョコの処理を手伝わされるから」


 佳宮が言った言葉に愛美の思考が止まる。


(処理……)

「処理って捨てるの?」


 知乃が何も感じていないかのような声で佳宮に聞いている。それを愛美は大人しく聞いていた。


「違う……、夏伊はそのチョコでお菓子を自分で作って、おれに食わすの!」

(えっ……、渡したら、あの人じゃなくて、鉄野君が食べる事になるの?)


 佳宮の言葉に愛美が驚いてると、夏伊が来ていた。


「おい! ミヤ、何、オレの秘密をバラしてんだよ!」

「いいじゃねぇかよ、神板さんと矢上さんなんだから」

「いいけど……」


 この会話を聞いている限り、普通に渡したら、食べてもらえない。それはわかったけど、作ったチョコケーキを見つめ、どうしようか考えを巡らしていると、知乃が、こんなことを言い出した。


「それじゃあ、これらのチョコは今年はどんなお菓子に変化させるの?」

「生チョコとかだと、もう一回溶かす。クッキーとかは一回砕いてタルトの台に、ガトーショコラとかケーキ類はトワイフルのスポンジにするから細かくする」


 勢いよく喋りながらも、その声は愛美と知乃にしか聞こえない音量だ。きっと、バレンタインデーに嫌なことがあったに違いない。だから、夏伊自身でお菓子を作り直した上で、佳宮に食べてもらうんだ。愛美は「大変だね」と言いたくなったが、その言葉を呑み込むしかなくなり、何も言えなくなってしまった。


「ほら、驚いてるだろ……。ゴメンな、コイツ、潔癖なところが少しあるから……」

「いや、誰にでも、そういうところはあるから……ねぇ、愛美」

「……うん」


 夏伊に渡そうとして作ったチョコケーキ。なんだか、渡せなさそうだ。愛美は意気消沈するしかなかった。

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