知美

赤い糸

愛美side

1.赤い糸

 目の前で祖母──神板百合かみいたゆりがお裁縫をしている。それを見ているのが好きな私──神板愛美かみいたあいみ。だから、夕食後のこの時間は幼い頃から変わっていない。

 しばらくの間、そうして百合がしていることを見つめていた愛美。すると百合が視線だけで愛美を見つめ、微笑まれた。


「どうしたんだい?」


 愛美のことはなんでもお見通しという感じがする。でも、今はそれがありがたく感じた。


「あのね、おばあちゃん……」


 そこで愛美は一度言葉を切り、深呼吸をしてからこう聞いた。


「赤い糸って……、本当にあるのかな?」


 愛美の問いかけに、百合は微笑むだけ。愛美の問いかけに答えてくれない。でも、これはいつもの事だ。だから、愛美はさほど気にしない。

 すると、百合は、お裁縫の手を止めてお裁縫箱の中にある、赤い糸が巻かれたボビンを愛美の目の前に置いた。


「愛美が小さい頃、よくしてたじゃないか。お父さんと、お母さんの小指にこれをよく結んでいたんだよ」

「それは小さい頃の話で……」

「小さい頃は、赤い糸がって信じていたんだろ?」


 その問いかけに無言で頷く愛美。でも、今はそうに思えない。だから、赤い糸が巻かれたボビンを人差し指でいじる。


(だって……)


 小さなため息をついて、上目遣いで、百合を見る。すると百合は、既にお裁縫を再開していた。


(はぁ……)


 卓上カレンダーに視線を移し、愛美は再びため息をつく。


(バレンタインデー……、かぁ……)


 愛美は百合から糸きりばさみを借りて、赤いボビンから少しだけ赤い糸を切り、ボビンと糸きりばさみを百合のお裁縫箱に戻す。


「もういいのかい?」

「うん、ありがとう、おばあちゃん。赤い糸、少し貰うね」


 そう言って愛美は、自室に戻って、勉強を始めることにした。


 勉強を始めて、どれくらい経ったんだろうと思い、首を回した。そして、先程机に置いた赤い糸を見て、おもむろに、自分の左の小指に巻き付け、それを見る。


(あの人と繋がってたら良いのに……、コレ)


 実際には愛美の左の小指に巻かれて、数センチが垂れているだけ。その先はない。だけど、実際に赤い糸が見えて、それが大好きな人に繋がっていたらスゴく嬉しいけど、恥ずかしさもある。でも、赤い糸があるなら、見てみたい。

 ため息をついてから、赤い糸を左の小指から外す。そして、それを再び机の上に置き、勉強を再開する。

 勉強といっても、今日の授業で出された宿題だ。今日の宿題は数学。得意だけど、この分野は少し苦手だ。きっとあの人──斗神夏伊とがみかいなら簡単に解いてしまうのだろう。そんな事を考えていても、宿題は終わらない。

 愛美は、頭の中から夏伊の事を追い出し、宿題に集中した。

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