第8話 披露宴の打ち合わせ
婚約披露宴の打ち合わせは、リドさまの執務室で行われた。
打ち合わせとはいえ、ほとんどの準備は陛下の決定に従って侍従やメイドの皆さんがもうやってくれている。
だから、リドさまとわたしの役割は、段取りを覚えることやあいさつの順番を考えるくらいだ。
王太子とその婚約者が誰に一番に声をかけるかということだけで、貴族の中でも序列が表れてしまうものでらしい。
だからといってそんなことまで事前に決めておかなければならないなんて、王族の一員の暮らしというのは随分窮屈だろうと思う。
「ルミシカ。聞いているのか? お前の考えを言ってみろ」
早朝トレーニングの名残の心地よい疲労感から呼び覚まされ、リドさまに話を振られたので、わたしは答える。
「ええ……そうですね。西の辺境伯、バッガード伯へのご挨拶を優先するべきではないでしょうか。かの地は王都から遠く、隣国との小競り合いも絶えません。
王太子であるリドさまが自らがお声をかければ、伯を重用していることが周囲にも伝わり、陛下が引退されたあとも辺境の管理は彼の仕事、という印象をご本人にも周囲にも植え付けることができるでしょう」
「……珍しく饒舌じゃないか。婚約者、ひいては未来の王妃という立場を得て、ついに本性を現したか?」
リドさまに皮肉っぽく言われて、わたしは口元を抑えた。
出過ぎた真似をしてしまったようだ。
いつもは人前に出ると緊張してしまって、できるだけ目立つまいと発言を控えているのに、午前中にあれだけトレーニングした後なので気が緩んでいるのかもしれない。
リドさまがわたしに意見を求めるときは、黙って頷いていればいい。
彼はただ、『婚約者の意見を聞いたうえで決定を下した』という建前が欲しいだけなのだから。
わたしは思考を鈍麻させて、ただリドさまの決定に従えばいい。
「……失礼いたしました。リドさまの思う通りに決めてくださいませ」
「当然だな。パーティー当日も、おまえは、可能な限り目立つな。その見苦しい顔をさらして、僕に恥をかかせているということを忘れるな」
「ええ、わかっています」
わたしの顔には、もうおしろいは塗られていない。ルールーさんがくれた養生用の薬が塗られているだけだが、それが白っぽいのでみんな勝手に「いつも通り白塗りの化粧をしている」と思うものであるらしい。
わたしの顔を、よほど直視したくないんだろう。
無理もないと思う。誰だって醜いものを視界に入れたくはないだろうから。
けれど、だからこそ、わたしは疑問に思う。
もし、わたしがルールーさんとシャラの指導の下に美しくなってリドさまをはじめ、みんなの前に現れたとして、
彼らは本当に態度を変えるだろうか。
見た目が変わるだけで、わたしたちの関係性が変化するものだろうか。
どれだけ見た目を繕ったところで、わたしが『ルミシカ』のままであるのならば、いつものように『壁顔令嬢』と揶揄するだけなのではないだろうか。
ルールーさんにはネガティブ思考だと叱られるかもしれないけれど、そういう心配を、わたしはしてしまう。
そして心配ごとは、もうひとつあった。
もし、ルールーさんの計画が全部がうまくいったとして。
わたしがみんなに受け入れられ、婚約者として認められたら。
そうしたら、シャラは、ルールーさんは、わたしの前から去ってしまうのだろうか。
正式に王太子妃になったら、天族の彼らと会う機会は今よりずっと少なくなるだろう。
もしかしたらもう、二度と会えなくなってしまうかもしれない。
リドさまが披露宴の進行について指示を出している間、わたしは気もそぞろにそんなことを考えていた。
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