ずっと妹と比べられてきた壁顔令嬢ですが、幸せになってもいいですか?

ひるね

第1話 壁顔令嬢ルミシカ

「相変わらず、見苦しい……ルミシカ、よくその顔で出歩けるものだな」


 突然要件も告げず王城に呼ばれ、何かと思いながらいつも通りの化粧をして向かった王太子の執務室。

 婚約者であり王太子でもあるリドさまは、わたしの顔を見るなりそう言った。


「申し訳ありません」


 わたしはいつものように視線を下げ、恥じ入るように扇で顔を隠して返事をする。


「まったく、盟約がなければ、おまえと結婚なんてしなくて済んだものを」


 あいさつの代わりのように苛立ちと失望の混じったため息をついて、リドさまはわたしの顔から目を逸らした。


 無理もない、と思う。わたしにだって、化粧が厚いという自覚はある。


 白くなりすぎて、壁と変わらないほどのおしろいを塗りたくったわたしの顔は陰で『壁顔令嬢』と噂されるほど悲惨なものだ。


 だけどこの厚い化粧は、未来の王妃という重圧に耐えるための、わたしを守る鎧だ。

 どれだけ見苦しいと言われようとも、この厚い仮面を剥いでしまって素顔を晒す方がずっと恐ろしい。



 わたしが生まれたシェンブルク家は古き聖女の血を伝えるという謂れのある家で、建国の祖である初代国王によって五代に一度、女子が王家に嫁ぐという古の盟約が結ばれている。


 盟約の内容は、明らかにされていない。もしかしたら王でも知らないのかもしれない。それでも、効力は絶大だ。

 何のために結んだかも伝わらないただの慣習と化した盟約のために、シェンブルク家の長女であるわたしは、王太子リドさまに嫁ぐことを生まれた時から義務付けられていた。


 わたしもリドさまも望んではいない、ただの政略結婚だ。


「せめて、ムールカであればまだマシだったんだが。彼女が僕の婚約者になれないのは、おまえが長女だからなのだろう? おかしな話だ。ムールカだって、シェンブルク家の娘なのに」


(ええ、わたしもそう思います)


 決して伝えてはいけない本心を、わたしはこっそりと心にしまう。


 ムールカはわたしの妹で、ほんとうにわたしと血がつながっているのか疑問に思うほど容姿に恵まれた子だった。


 すでに亡くなっている祖母譲りだという珍しい緑の瞳、母譲りの金色の豊かな髪。

 容姿だけでなく勉強や教養にも優れ、母をはじめいつも褒められるのは長女のわたしではなく妹のムールカの方。


 「ムールカ様は素晴らしい。王太子に嫁ぐのが、ムールカ様であればよかったのだが、肝心の長女があれでは……」と、ムールカを知る人は口を揃えて言う。


 わたしも、そう思う。

 わたしたちは生まれる順番を間違えたのだ。

 ムールカが長女であればよかった。そうすれば王太子に嫁ぎ、いずれ王妃になるのはムールカだったはずだ。


 そうすれば行儀作法の先生の重いため息も、王妃教育の先生の厳しい怒鳴り声も、両親の「あなたはいずれ王妃になるんだからしっかりしなさい」という激励も聞かずに済んだ。


 妹が褒められるたび、妹になれない自分が嫌になる。

 せめてムールカのように美しければ、優秀であれば、ひとつでも、何か強みになる長所があれば、妹を羨むこともなかったのかもしれないけれど。


 血のつながった妹にまで嫉妬を向けるわたしは、心の底から醜い。 


 化粧が厚いという自覚はある。

 だけど、この鎧を剥いだところで現れるのは、より醜いわたしの素顔。


 だからせめて、それを隠すために、わたしは化粧をやめられないのだ。


「今日になって、父上に婚約披露宴を二か月後に執り行うと聞かされた。

 父上が天族を城に留めるなんて珍しいと思ったが、あれは披露宴に合わせて呼んだ客の無聊を慰めるためであったらしい。ルミシカ、お前は知っていたのか?」


「え? いいえ。わたしは何も……」


「ま、そうだろうな。僕に何か隠し事をするような度胸、お前にはないだろう」


 何も言い返さず黙っているわたしに、殿下は婚約披露宴の日取りが正式に決まったこと、招待客の調整や準備の打ち合わせをするためにしばらく頻繁に城に来るように、と連絡事項を伝えた。


 わたしはただ機械的に頷いているのだが、リドさまにはそれが不満だったようで、大声で注意される。


「おい、聞いているのかルミシカ!」


「はい、殿下」


「……従順なところだけは美徳だな。その調子で、結婚しても絶対に俺の前に出ないで一生を送ればいい」


 ええ。形だけ、お飾りの王妃になって、一生城の奥で暮らしましょう。


 あなたが愛人をどれほど囲んでも、世の人があなたの治世をどれほど褒めたたえても貶しても、わたしは日の当たるところには出ないで過ごす。

 名ばかりの王妃として、飼い殺しにしてくれれば幸いです。


 それできっとみんな、幸せになれるのだから。


 わたしの微笑みは仮面が勝手に動いたようで気持ちが悪いとよく言われる。

 だからまったく表情筋を動かさずに目だけで自嘲気味に微笑んで、リドさまの言葉に頷いた。


 だけどわたしの返事は、リドさまには不満だったようだ。


「気持ちの悪い女だ。用事は終わりだ、早く出て行け」


 言われるままに、わたしはリドさまの執務室を後にする。

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