人見知りの癖に相談役させられるやつ

人新

第1話 どうも、人見知りです

 ―――人見知り。

 別に珍しいことではない。

 なにせ、日本人の半分は人見知りだと言われているのは聞いたし、

 SNSなんか見れば、人見知りを謳う人が多い上に、それに共感をする人も多い。

 

 つまり、人見知りなんか珍しくないんだ。


 学校生活を普通に送って、普通に過ごして、コミュニケーションは苦手だから、本に逃げて、くじ引きで決まった班ではしっかり対応する。それ以上の仲は深まらないけれど、好感度は特に落ちることはない。

 言わば、上昇も下降もないホバーリング状態。

 害も与えず、害ももらわず。

 ボッチとしては微妙な、でも広義で言えばボッチのような。

 特別仲がいい奴いたら、そいつにしか本性を表さないとか。

 

 うん、珍しくない。きっと、この世界にそんな人が多くいるはずなんだ。

 そして、俺はそういう人間と馬が合うはずなんだ。


 されど、いない。うーむ、いない。


 どこもかしこも皆はどこかのコミュニティ属していて、孤軍は少なからず見当たらない。どいつもこいつも青春を全うして、まるで人見知りなぞ縁がなさそうだ。


 うーむ、では人見知りの人間が多いというのは嘘なんだろうか。

 いや、そんなことはない。きっと街中の人に「あなたは人見知りですか?」と聞けば、大抵はイエスと答えるはずだ。


 ただ、これに関してはもしや人見知りの意味合いをはき違えているのかもしれない。

 例えば、人見知りというのは未開拓な環境に飛び込んだ際、その場に馴染めない性格のことを指すだとか。初対面の人にいきなりプライベートを打ち明けられることができない性格を指すとか。


 多分、そういう風に感じている人が多いんだと思う。

 ただ、それは人見知りではない。

 違う環境に飛び込んで馴染むとか、普通の人だったら大抵は無理に近い話だし、初対面にプライベートの話を打ち明けるとか正気の沙汰じゃない。


 それは単に、自己開示をするかどうかの話であって、人見知りではない。


 要は俺は言いたいね。

 あんまり人見知り、人見知りと言わないでほしいと。


 ほんとの人見知りというのはガチで人と接するたびに、多大な精神力を用いるし、紡げない会話の空間では脳が委縮する。人とすれ違うたびに、そいつが同じクラスメートだったりすれば、ビクッてするし、とにかく多感的というか、外の空間では精神が休まらないのだ。


 これが人見知りだ。


 ちょっと会話が苦手でぇ……とか、知らない人と話すのは疲れますぅ……どころじゃない。


 こっちは死活問題なんだ!


 いつも心が休まらず、相手の様子を伺い、嫌われないことを心掛け、かといい距離のスペースを取る。話しかけれそうになったり、気まずくなったりすれば、電話に出るふりをして過ごし。大概のドッキリ番組は嫌いで、人目を好まず、いつも何かと作業を欲する。


 これが人見知りだ!


 ―――ただね、こうも告白したところで、別に人見知りが改善するわけではない。


 それに、そのうち社会に出るなら、人見知りはやっぱり弊害になるし、それを言い訳できるはずがない。

 だって、大抵は皆が口を揃えて、「俺も人見知りだからさ」って言うからさ。


 だから、人見知りの意味合いがどうであれ、別にそれは珍しいものではないのだ。皆がその言い訳を用いるし、皆が場面によってはそうだと思ってる。人見知りという属性はマジョリティーなのだ。


 ―――ふと、いつか思ったものだ。


 こういった社会だからこそ、

 誰かが今の自分を変えてくれないかって。


 もしくは、自分を許容してくれる社会や人間がいないかって。


 けど、そんなものはない。


 現実は理論的なリアリティワールドだし、青春の神様なぞいない。


 あくまで、自分の行動が、気づきが、志が、世界を変えるのだと。


 って、超カッコつけてすいません。

 人見知りさんは心の中ではおしゃべりなんです。


 あと、嘘ついてすいません。


 誰かが自分を変えるわけでも許容してくれる社会にでもなったわけじゃないけど。


 ―――とある。どうでもいい出来事がきっかけに、俺はもしかすると変わらずをえないのではないかという、そんな状況に至ったのである。



 ―――その出来事はちょうど二週間前。新たな学級が始まり、一か月ほど経った頃合いだった……。


 あれは確か、昼下がり。校舎外れの外で。

 俺はいつものようにピロティの人気のないベンチで飯を食いに向かっていた。


 特に、二年になったからと言って、友達ができるわけもなく。

 かといって共に飯を食う知り合いもおらず、相変わらずにぼっちをやっていた。


 春初めの温かい風が夏を仄かに匂わせ、ピロティに生える草々は青臭い匂いがして、緑を感じた。そこにはいつも人がいなくて、人気もなくて、俺にとっては心休まるひと時の場所だった。まさしく、俺の聖地だった。


 ―――だが、そこに。


 珍しくも。

 いや、珍しいというよりかは、一年間学校生活を送って、初めてそこに人が座っているのを見たのだ。

 しかも、ふざけているのか、蹲っている。


 正直、その時はすげぇ嫌そうな顔をしてたと思う。

 めちゃくちゃ腹減ったときの晩餐が野菜炒めみたいな?

 そんな感じ。


 俺はため息をつきながら、しぶしぶ代わりにどこで食うかななんて考えたものだ。


 けど、蹲ったその体から、すすり泣きをする声が聞こえるのだ。

 聞いたことあるかい? すすり泣きの声を。


 あの声はどうも心がやられる。


 俺は気になり、近づいたね。


 そしたら、本気で泣いている模様だった。

 ズズズッて、鼻をすする音と共にさ。


 こういう状況の時、人としてどうするのが正解なのかは知っていた。

 そりゃあ、大丈夫ですか? と聞くのがベストだ。


 ただ、聞きづらこと、聞きづらいこと。


 人見知りもあるし、声を掛けるのも失礼だと思ったんだ。


 でも、熱帯の雨のようにその声は中々に止まない。


 だから、つい聞いたよ。

 心臓を跳ねあがらせながら聞いたさ。


「ダイジョブですか?」って。


 そしたら、ゆっくりとゆっくりと顔を上げて、顔を曝け出した。

 その顔はよくよく知っている女子の顔だった。


 確か、一年の時に同じクラスで花崎と言ったような。

 クラスでも結構、中心的存在で何度かグループワークをした際には、ありがたいことに話を振ってもらうだのして、円滑にコミュニケーションをとっていただいた。

 笑顔がチャーミングで、おしゃれな髪形がまさしく人気者の象徴。


 そんな花崎が泣いているのは、何かしら問題があったのだろう。


 正直、厄介ごとというか、俺には解決できないような気がしたので、すぐさま後ずさり、その場を去ろうともした。

 しかし、そこまで酷な人間性ではない。

 さすがに、そうはしない。


 花崎は俺の顔を見ては、泣いている姿を見られたことに恥じらいを感じたのか、ブレザーの袖で顔全体を拭った。

 

 さて、この後はどうすればいい。


 選択肢は三つ。

 ①立ち尽くす。

 ②立ち尽くす

 ③立ち尽くす


 こりゃあ、③の立ち尽くすを選ぶしかない。


 だから、俺はしばらく花崎の様子を看過したまま、言葉を紡ぐのをやめた。


 といよりかは、紡げない。

 俺がそこらのできる男なら、『ナミダ……似合わないよ』みたいな。

 俺的には吐き気ポイント、他的にはドラマチックなセリフを言えたのかもしれないが、残念、そこは俺です。くさいセリフは大嫌いなんです。

 

 花崎は涙を拭い終えると、いつもらしい笑顔で「ごめんね、変なとこ見せちゃって」と平謝りした。


「いやいや、ダイジョウブですよ。というか、そっちはダイジョウブなんですか?」


 他人行儀にしっかり敬語を使う。

 とは言え、言葉としてはダイジョブですか、しか使ってないし、なんか言葉の構造がおかしい。

 ほんと俺のコミュ力は大丈夫ですか?

 そこは大丈夫です。

 初対面とか距離さえとれば、コミュニケーションはとれるんです。


「あ……、う、うん。だ、大丈夫ではないかも……」


 俺はてっきり。法則(独自)に従って、花崎は「う、うん、大丈夫だよ!」などと、首だの手だの振って、心配の否定をすると思っていたのだが、そうはこなかったので正直驚いた。

 うぇええ、否定してよぉおお。


 しかし、花崎がそういうなら、俺は聞かざるを得ないのだ。

 チクショーー! 嫌われたりしないだろうなぁ‼


「あ、あの。力になれるかは分かりませんけど……。俺でよければ、話を聞きますよ。あ、大丈夫です、絶対他の人に言ったりはしないんで。俺、口だけは堅いんですよ」


 ハハハと、笑いを付け足し、花崎にそう言った。

 おいてめぇ(自分)! 言葉が長いんだよ! もっと端的に伝えろや! あと、すげぇ敬語だな! 原型ねぇぞ! あと、口堅いとかぜってぇ信用にならないセリフじゃんかよぉ……。大丈夫かぁ、これ……。端から見ればきもいしよぉ。もう、絶対軽蔑されるやつじゃぁん!


「え、あっ、その……。だったら、聞いてもらっても……いいかな?」


 涙目に上目遣い。

 おいおい、なんでだ。軽蔑されずに済んだけど、なんでだ。

 これは少女漫画でも、フィクションでもないだぞ……。

 現実で初めて聞いたわ、「聞いてもらってもいいかな」って。

 街角バンドの新曲紹介かよ。


 さ、されど、そう言われたなら、話に乗るしかないのだ。

 えぇえい、泥船は沈むまでよ!


 俺はこくりと頷き、意思表明をした。


 すると、花崎は顔を少しだけ耀げにして、ベンチのペースを開けてくれた。

 おそらく、座って。ということだろう。


 まぁ、ここまで来たら、あとは勢い勢い。

 俺はベンチに腰を掛け、上体を下げて、深刻そうな顔はしておいた。

 

 ―――静かな空間。

 心拍数はかなり上昇。脇汗も出ている。


 俺は出来る限り失礼のないように。丁寧に、細心を払い、とにかく念入りに念入りに言葉のイントネーション、心情、彼女の背景を理解することに努めた。

 そして、まとめて、合理的な結論も挙げた。


 ―――結果としては……。

 まぁ、これが最初に言ったことにつながるものでして。

 要はこの出来事がきっかけに、なぜか俺は評価を得てしまったのだ。

 そして、裏ではこうも言われているらしい。


 ミステリアスな新井。

 物静かさの裏には凄まじい教養が隠れており、まさしく良きアドバイザー。

 中間的な立ち位置で、客観性に優れている。


 ……笑ってください。

 どうか、俺を笑ってください。

 笑っていただけたほうが、幾分か楽なんです。


 ……………。

 どぉおおして、こうなるんだよぉおお!


 おかしいだろぉお! おかしさしかねぇだろぉおお!


 なんで一回の所作でこんな評価をつけられるだよぉおお!


 これじゃ、やけに目立つでしょうがぁ!


 なんか違う目で見られるでしょうがぁ‼


 ―――俺は平穏に、ただあんまり人と関わることなく過ごしたいんです……。

 いつか、その人見知りを直さなければならない。

 その日まで。その日までは精神を穏やかにしたかったんです……。


 なのに。なんでかなぁぁ。


 なんで、悩んだ時、相談をするなら…。


 なんで、悩んだ時、相談をするなら……。


 『新井に聞いたほうがいい』なんてことが起こるんだよぉ‼


 こんなの間違ってんだろぉおがよぉ!

 

 ―――されど、俺にはどうにもできないんだ。

 なにせ、俺は受動的な人間。

 与えられたルールには従う。自らが進んで物事は進めない。

 それが平穏であり、楽だからだ。


 ―――だが、その平和的な均衡が崩れた今。

 何か、何かの波動を感じるのだ。

 俺にはその波動の正体は一切分からない。


 こうして、俺の学園生活は180度。

 いや、180度ほどではないけれど、45度ぐらいは変動してしまった。

 

 ―――その変化に伴い、俺も少しは変わらなければならないのかもしれない。


 ほんと嫌だ……。

 


 

 

 


 


 

 

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