第16話 北斉の蘭陵王

蘭陵武王高孝瓘(?-573)

 蘭陵武王高孝瓘はまたの名を高長恭と言う。文襄帝の第四子で、戦功赫々たるものがあり、累功により并州刺史とされた。突厥の大軍が晋陽に侵入すると、高長恭は力を尽くしてこれを撃ち、勝利。芒山の戦いにおいては高長恭は栄誉ある中軍を任されながら独力五百の兵を率いて北周軍に突撃、幾ら突出しようとも絶対にここまではこれまいと周軍が多寡を括っていた金墉城下にたどり着く。城兵もまさか囲みを破って援軍がここまで来るとは思っていなかったので、高長恭が名乗りを上げても城門を開けることがなかった。そこで高長恭は甲を脱いで素顔をさらし、すると城墻にいた弩兵が感嘆の声を上げて彼を城内に導き入れたという。高長恭参陣で意気上がる北斉軍はここにおいて大捷、兵士たちは高長恭を讃える歌を作り、それが「蘭陵王入陣曲」として今に残る。司州牧、青州、瀛州二州刺史などを歴任し、この時期私的に非常に多くの賄賂財物を受け取ったという。のち大尉とされ、段韶とともに柏谷を伐って功あり。また定陽を攻める。段韶が病を患うと、高長恭は総軍の司令官となった。前後の功績により鉅鹿、長楽、楽平、高陽などの郡公とされる。


 芒山の勝利について、後主は高長恭に対して「敵陣深くに斬り込んだこと、失敗すれば死んで後悔しても及ぶところではなかったのだぞ」と訓戒を垂れた。もちろんこれは人気声望が高くなった高長恭への妬みが言わせたもので、高長恭の勇猛を諌めたわけではない。高長恭答えて「家族の縁は親しく切っていたもので、わたくしが死んで悲しむものがいることに不覚にも気づきませんでした」と対す。定陽にあるとき略奪を働いたので、部下の尉相願が言うに、「王はすでにして朝廷に依って立たれておいでですが、何を得るためかくのごとく残暴を働くのですか?」と。高長恭はこれに回答を示すことができなかった。尉相願はさらに言う。「芒山の大捷は難事を是とし、威望勇力をもってそれを為し、結果忌まれるところとなりましたが、これは自らを穢し窮地に落とすの覚悟あってのことでしょうか?」と。高長恭は答えて「是なり」。尉相願またつづけ「朝廷は果たして王を忌み、わずかな違反でもあればすぐさま王を擒え懲罰を実行するでしょう。福を求めるなら速やかに反逆し、患いを除くべし。」これすなわち反逆の使嗾であった。高長恭はこの言葉に膝をつき、自らの身を守る方策が謀反しかないとは、と涙を流す。尉相願は続ける。「王はすでに有功の元勛、今また勝利を朝廷に報じ、威望名声はなはだ重くあられる。それが身を守らんとするなら、まずは病と仮託して家に籠り、政から離れなさいませ」高長恭はその言を然りとしたが、なかなか政の場から引っ込むことをしなかった。その折江・淮一帯に賊が来寇、諸将恐れてなすすべなく、高長恭出馬を求める中、高長恭は「わたくしは去年から顔に腫物を作って出陣できず、今なおそれが治らぬのでやはり戦えませぬ。」と、病が治らないと主張して戦陣に立つことを避けた。武平四年五月、後主は徐之範を遣わして毒薬を授け、高長恭は妃の鄭氏に謂いて曰く「わたしの忠臣は常に皇上のもとにあるというのに、どうして天はかくも無情なるか。鴆毒を賜るとは、今までの活躍に対してあまりではないか」と憤慨したが、妃は「では、何をも求めずただ皇上の顔色を窺いますか?」対して高長恭「いや、皇上のわたしを恐れているのは栓なきことだ」といってついに鴆毒を仰ぎ、死んだ。大尉を追贈される。


 高長恭は柔弱と言っていいほどの美貌の持ち主でありながら、内面は勇敢にして壮絶、声までも美しかった。将としては細かいことに心を配り、幕舎の中では毎日甘美な贅食を貪り、瓜を好物とし、常に将士たちとともに美食を愉しんだ。ただ、欲深であり、はじめ瀛州に在った時、参軍の陽深士が上表して彼の貪婪であることを朝廷に告げると、そのため一時免職された。のち定陽討伐の際、陽深士の軍中にあってこれを殺すものが出た。高長恭はこれを聞いて痛く悲しみ、「わたしは本来彼を殺すつもりなどなかった」といって犯人を捕まえ、陽深士殺害の刑で杖刑二十回に処した。また、かつて朝廷に入朝したとき僕がみな離散して一人残されたことがあり、このとき高長恭は独り邸宅に帰ったが譴責されることはなかった。武成帝はその功を嘉し、賈護に命じて妾二十人を授けようとしたが、高長恭はただ一人しか受け取らなかったという。また一千金の債券を授けられたが、これは臨終の日に悉く焼き捨てられた。

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