怪盗サーカス!―女が怖い大怪盗、ランスロットの盗みの美学―
九郎明成
プロローグ 怪盗と呼ばれる、あの彼は
星の瞬く帝都フェルゼン。澄み渡る夜気を切り裂いて、彼の美声が響き渡った!
「っはははは! 確かに頂きましたよ! シュタルニア国宝、ラケルの飾り壺!」
夜空に白銀の燕尾服が翻ったかと思うと、街路に立ち並ぶ黒鉄の電気街灯の上に彼は現れた。青の飾り羽が付いたシルクハットは燕尾服と同じ銀色で、顔には暗金のドミノマスク。
腕に碧玉色の壺を抱えたその青年は、そばの屋敷の窓に向かって不敵に微笑んだ。窓には歯噛みする太った中年男の姿があって、その背後では警官らも一様に苦渋の表情を浮かべている。
「このコソ泥めぇっ! わしのお宝を返せぇっ!」
男が叫ぶが、青年は壺を抱え直すと、軽やかに隣の電気灯に飛び移る。下には集まった観衆が黒い波を作っていて、警官隊がそれを必死に押しとどめていた。
青年はシルクハットのつばを指ではじく。
「お言葉ですがヘンリック卿。こんな素晴らしい作品、あなた一人では愛しきれない」
さらに、左目を閉じながら壺に軽く口づけるふりなどして、
「ですので今宵は、私が彼女を愛でてあげますよ」
その瞬間、観衆から黄色い声が咲いた。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ♡」
その大音声に、群衆を押しとどめる警官隊も思わず怯む。
「素敵ーっ! ランスロット様ぁーっ♡」
「一緒に私も盗んでぇーっ♡」
だが青年は口元に指先を当て、寂しげに微笑んだ。
「残念ですが、今日はもうお別れです。私にとって、夜はとても短い」
言って、懐から白いアイリスの花を一輪取り出す。
「虹の女神の加護を受けしアイリスは愛の象徴。私の愛が、少しでも皆様に届きますように」
彼が花を放ると、観衆は警官の制止を振り切ってそれに群がる。
その混乱に乗じて彼は街路に飛び降り――しかし一瞬でその姿を消してしまう。周囲の警官らが必死で探しても、彼の痕跡は一切見つけられなかった。
――怪盗ランスロット。シュタルニア帝国、帝都フェルゼンを騒がせた、神出鬼没の大泥棒。美しいものを何より愛し、宝を独占する輩を見つけては予告状を出し、警察すら出し抜いて颯爽とそれを盗みだす。盗んだものは数日後、街の大通りなどに派手に展示されていて、警察に発見されるまでたとえ一時でも大衆の目に触れることになる。彼の甘いマスクと声、華麗なものごしに魅了された女性は数知れず。その他多くの市民も、彼の活動を好意的に捉えていた。
だが三年前のある日を境に、彼は突然姿を消した。
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