第3話
息が上がりすぎて少々の休憩をはさんで、意気消沈で帰路に就く俺と、ほくほくの笑顔でその隣を歩くエリー。対照的な二人を見てここの村人たちは喧嘩してエリーが勝ったと解釈したようだった。夕飯に来た村人にいくらか冷やかされてしまった。
俺の家は親の代にこの村へ越してきて、宿舎を始めた。それが今でも続いているのだからいろいろ差っ引いても長年続けられる程度には儲かっているらしい。昼が過ぎれば俺は厨房に立ち夕餉の準備、エリーは母について回って部屋の掃除やベッドメイクに忙しく、その合間にこの村の近くでとれる薬草類を目当てにやってきたお客さん、冒険者の対応への対応も行っていて一種の看板娘だ。稀にエリーを目当てにやってくる男どもも居るらしい。そんな話を聞いたが、エリー本人はよそ見をすることなく俺を見続けてくれている。良くできた許嫁だ。
そんなこんなで日暮れ間近。疎らに今日の収穫を終えた冒険者たちがエリーの笑顔で出迎えられつつ荷物を置き、俺特製の大浴場で汗を流し、俺が日々無い頭を振り絞って編み出し続ける夕餉を堪能する。
俺達はその後で母とエリーが作る料理に舌鼓を打ち、二人で出かけて行って日課の素振り。帰ってきて風呂に入り早めの就寝。この村ではやや遅めだが、親が言うには都会の宿屋に比べたら早い方らしい。
朝は鳥が鳴きだす頃に目が覚めて顔を洗い、朝食を摂る。野菜くずで出汁を取ったスープ、ライ麦を使った独特の風味を持った堅いパン、昨日余った野菜や野菜くずで嵩増ししたサラダ。基本的には両親が用意する。
「そう言えば、旅の儀の準備はどこまで進んでる?」
朝食を食べていると、父親がそんな言葉を寄越してきた。旅の儀とは、成人になる前の五年間、住んでいる所を出て国中を歩いて回る事をいう。住んでいる国の伝統文化だ。
発端は初代国王の若いころに同道した転移者らしい。なんでも二ホンという国からこの国のある土地へ落ちてきて、『若い者には旅をさせよ』と宣ったのだとか。……うん。絶対に同郷の人物だし、少し歪んでいる。正確には『可愛い子には旅をさせよ』じゃなかったか?
まぁ、我が子は基本的にどんな奴でも可愛いのだから間違っちゃいないが。
「エリーが俺の探し人だった。それから昨日、どれだけ動けるか確認したら槍術で負けた」
「「は?」」
両親の声がハモる。
「だから、エリーと話して旅をしながら武者修行のみに専念することにした」
「ちょっとまて、アランが槍術で負けたって?」
父親が確認してくる。
「あぁ。左腕の骨にひびが入る程負けた」
「なんと……」
「エリーちゃん、アランにぞっこんだったから良かったわねぇ」
父親が愕然と呟き、母親はうっとりと呟く。この落差はいつもの事なので、素知らぬ顔で朝食を平らげ席を立つ。
「ご馳走様。町に行ったら色々レシピ登録するから収入は問題ないと思う」
「それはそうだ。宿屋の収入も問題ないレベルだが、そっちの収入も宿屋に少し劣るぐらいはあるからな。自信をもって登録するといい。しかし、本当にいいのか?俺に今まで登録したレシピの所有権を渡して」
神妙な顔で俺に伺いを立てる親父。俺が渡したレシピは野菜くずや動物の骨を使って出汁を取る方法。それまでただの塩味だったスープが多少旨くなった。レシピ登録を親父がわざわざ町まで取りに行ったところ、瞬く間に世界に広がっていった。その後にはイースト菌を使った、俺とエリーには食べなれた柔らかいパンも同じく登録したが、小麦はライ麦より高く貴族方面には広まったがまだ庶民には手が届かずいまいち。その分、貴族様方からはかなり好評のようだ。そのおかげで親父の店は領主からの後ろ盾を得るに至っている。
「これまで通り所有権は親父名義で、収入から一金貨のみ俺のところに入れてくれれば問題ないよ。前々から言っていた通り、ハーブ料理のレシピを公開するから」
同じように、薬草を使った料理も登録してもらっておいた。その時に非公開、レシピ所有権は俺名義で。そうしておけばこの村の名物料理になるし、真似して登録しようとしても審査ではじかれるから旨いハーブ料理はこの村に来なければ食べられないという寸法だ。俺の予想以上に噂は広がって美食家の貴族などもお忍びで偶にやってくるらしいから半ばブランド化しているのかもしれない。
さてさて、そんな事はどうでもいいん。俺は日課の稽古をこなして北部に広がる森へ、設置した罠の確認作業に行かなければならないんだ。
一定の調子。しかし何時もよりすばやく素振りをする。手に持つのは錘石を幾つか巻いた木刀や棒。そのあとは訓練用に固く締めた弓を射る訓練と続き錘石を手足に巻いての型の確認。その後に扱えるもの全てを使って地面に突き立てた丸太に向かっての打ち込み稽古。それらをこなすと大体中天に差し掛かる
今日の昼食は簡単に昨日狩った野鳥を使ったサンドイッチ。村でとれるレタスに似た葉野菜と塩とローズマリーに似た薬草を加えて焼き上げた鳥肉の相性はばっちり。
もうそろそろ、こんな平穏でのんびりした生活ともお別れかとしみじみしながら思う。
「アラン、おっさん臭い」
「なんだよ?藪から棒に」
にこにこと昼食をとっていたエリーが俺の顔をジト目で見ながら言ってきたので聞き返す。
「今、『もうそろそろ、こんな平穏でのんびりした生活ともお別れかぁ』とか考えてたでしょ?おっさん臭いよ?まだ三十でしょ?」
「……仕方ないだろ?向こう百年は戻ってくる予定はないんだから」
旅の儀が終わったらそのまま冒険者になるつもりだ。それはこの前親に話を通して了解も貰っている(物理的に)。その代わり、エリーが望めばエリーのみでも村に返して俺が帰ってくるまでエリーがこの宿を守る事にもなっていたが、現在では俺の探そうとしていた人がエリーだったし、一芸とは言え俺より強いので旅の途中でエリーが帰ってくる事はほぼ無くなった。・・・・・・まぁ、子供をこさえたら帰ってくるだろうが。それでも一時的な帰省だ。本格的にこの宿を継ぐのは大分先だろう。
さて、とかけ声を上げて席を立ち食器を片付けに入る。今晩のメニューは何にしようか。
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