1セントの銃弾

シナミカナ

1セントの銃弾

砂漠に囲まれた道なき道をジープが走る。


車が通ったタイヤの跡だけが道標でどこを走っても景色は変わらず「砂」だけしか見えない。


ジープはアメリカ軍の放出品を1万ドルで買い上げて傭兵の俺たちらしいカスタムを施した。


車体には迷彩効果を一切考えていない裸の女をペイントしている。


真新しい車体の塗装とは反対にフロントガラスは砂で汚れ、ワイパーは外れている。


その車内も例によって頭があまりよくはない男が三人乗車していた。


運転手の俺と助手席にいる相棒のトム、後ろにはノリのいい新米のブライアンが乗っている。


スピーカーにはiPodを繋げて目一杯音量を上げた音楽を垂れ流す。


いつもの退屈なパトロールを少しでも紛らわせるための楽しみ方だ。上の奴らも黙認している。


一番近くの村でさえもパトロールのコースから最低数十キロも離れている安全地帯でのパトロールが日課だ。


スピーカーからは耳が壊れんばかりの音量でメタルが流れている。


ヘドバンをかます。運転手の俺もブレーキを踏みながら車体を揺らした。


「やっぱりSlipKnoTはイカれてやがるな!」


トムが俺の耳元に顔を近付けて叫ぶ。ヘルメットが軽く接触するほどの距離だ。


「奴らも自分らが作った曲を戦場で聴いているって知ったら腰を抜かすぜ!」


「ちがいねぇ!」


ドラム缶を叩く音やシャウトで奏でられる曲は数分の演奏が終わり、今度はレゲェ調の音楽が流れた。


「あー、これって誰だっけ!?聴き覚えはあるんだけど!」


後ろの席のブライアンが叫ぶ。今度の曲はあまり知らないらしくノレていないようだ。


「50セントだよ!50セントのI'll Whip Ya Head Boyだ!」


少し苛立つように俺が叫ぶ。


「黒人なのに50セントを知らないでどうやって日常を暮らしてきたんだ!?北極生まれか!?」


「ああ、生まれた時はあんたらみたいな白いホモ豚だったけど北極の陽射しで男らしい黒に焼いてきたんだ!」


「「「HAHAHAHA!!!」」」


馬鹿三人分の大笑いが砂漠に消えていく。いつものように暑くてクソ静かだ。



「そうだ!なぁ、相棒!お前はなんの弾を使っているよ!?」


「普通のフルメタルジャケットだよ!一発1ドル50だから無駄遣いはできねぇな!」


トムがブライアンに言って後ろに乗せてあるカービン銃を取らせる。


弾倉を外して勢いよくコッキングすると薬室に入っていた一発の弾丸が排出されそれをトムが掴む。


「これさ、何ドルだと思うよ!?」


見た目は普通のと違いないが新品の銃弾には付かないような傷が見えた。リサイクル弾か。


「ああ!?そうだな、1ドルか!?」


「HAHAHA!!!遅れてんな!こいつは一発1セントだぜ!」


「1セント!?鉛の代わりにBB弾でも飛ばすのかよ!?」


「いやいや、違う違う!この前営業に来たやつが言うには、「工場で作った弾の規格外品を一発1セント」って言うもんだから俺とトムで10箱買ったんだよ!」


少し得意げにブライアンが前の席に顔を出して答えた。


「でもよぉ!大抵一緒にいるけど俺はそんなの初めて聞いたぜ!?」


「あぁ、お前がクソしている時に来たんだよ!トイレに座る時間を競う大会がありゃお前は世界一位だな!」


「「「HAHAHAHA!!!」」」


「まぁ、マジで部屋に一つしかトイレがねぇからもう少し早く出てくれよ。」


「あ、あぁ。」



パトロールの折り返し地点に来ると流石の暑さに項垂れる。


この頃には疲れ切った為に音楽はそよ風のレベルまで音量を下げていた。


「クソッタレ暑いな!自販機はどこだ!?」


「おいおいトム、まるでここら辺で自販機がありゃ買うみたい言ってねぇか?」


「HAHAHA...クソッタレその通りだな。」


後ろの席のブライアンは涼しげな顔をしてうたた寝していた。なんでも生まれは暑い国でこんな暑さは屁でもないらしい。


「なぁ、トム。マジで1セントの弾なんて信用できるかよ?」


「って言ってもなぁ。妻に子供も居るのに一発が1ドル50もする弾をばかすか売って自分の給料でまた買ってちゃ商売にならねぇよ。」


「弾が一発で1セント。人の命がえらく軽くなったもんだな。なぁ!ブライアン!?」


そう問いかけても反応しないくらいには深く眠っているようだ。


冗談で言ったがトムは少しだけカッとしたかのかブライアンの体を揺さぶる。


「おい、そんなにブラックパワーが余ってんなら俺らにも分けてくれよ!」


ブライアンが大きな欠伸をしてようやく目を覚ました。「あぁ、他のやつに会うなんて珍しいな。」なんて寝言のような物を漏らした。


何を言ってんだ?と、トムが聞こうとした時に乾いた爆発音が鳴り響く。


「クソッタレが!」


慌ててアクセルを目一杯踏む。ルームミラーを覗くとトラックが2台も俺の後ろに着いてきていた。


「お嬢さんたち!久しぶりの敵さんだ!愛する妻と子供の明日のおまんま代を稼ぐ為にお仕事だ!」


トムが助手席の窓を開けて銃を構えた体を外に出す。陽気な雄叫びをあげて銃の引き金を引くと間の抜けた声が聞こえた。

「何でだよ!?ああ、チャンバーから一発抜いたんだったな!」

と自己問答しコッキングして引き金を引く。

2、3回引いた後に「ファック」なんて情けない声を漏らして体を車内に戻した。


「どうしたんだよトム!?トラブルか!?」


銃口を下に向けて安全装置の確認やコッキングして次弾を装填し引き金を引くが弾が出る気配は一切なかった。


「どうやらBB弾も出ねぇおもちゃを渡されたらしいな!HAHAHA!」


「うっせぇ!おい、ブライアン!お前はどうだ!?」


ブライアンも同じように銃口を下に向けて引き金を引く。さも当たり前かのように銃弾は発砲された。


銃弾はカートゥーンアニメのように跳弾しジープの計器をぶっ壊しながらトムの足へと着弾した。


「ファック!なにやってんだブライアン!俺を撃ちやがったな!」


「ヒステリックに叫ぶなよ!ちょっと足の指にかすっただけじゃねぇか!」


トムとブライアンがこんな状況だというのにふざけた口喧嘩をしだす。


「お嬢様方、朗報だ。ブライアンの凶弾によりジープがイッたらしいぞ。」


ハンドルが壊れんばかりに振動し出す。ブレーキも効かず盛り上がった砂をジャンプ台にしてジープは綺麗に半回転した。



2、3秒は意識が途切れていただろうか。目を覚ますとジープは上下が逆になっている。

外へと目をやると300m先でトラックがハの字に停車している。


朦朧とした中でシートベルトを外すと重力によって下に叩きつけられる。


呻いているトムのシートベルトを外してやると同じように叩きつけられた。


「ファック・・・丁寧に起こせよ・・・」


「地獄で三人同時に目が覚めるよりはマシだろ。おい、ブライアン生きてるか?」


そう呼びかけるとブライアンも下に叩きつけられる音と同時に「ファック」と小さく呻いた。


それぞれが一番近いドアを開けて外に出る。

給料をはたいて買った1万ドルのジープがパアだ。こんなトラブルがあるなら、もう少し奮発して新車で買えば良かった。


数発の銃声と共に車体の後ろへと隠れる。

トムは自分の銃をガチャガチャと弄っているがジープの横転によってレシーバーが故障したのかついには諦めて地面へと放った。


ブライアンは粗悪な銃弾を撃ったためか内部で故障していて銃が文鎮と化していた。


車の向こう側でこちらを目掛けて粗悪なコピーの銃で少なくとも1セント以上の弾を撃ってくる。


唯一弾が出るであろう自前の銃を抱えながら少しだけ目を瞑った。


トムとブライアンが嬉々として買った1セントの弾は無価値となり俺らの命は数セントの銃弾で奪われることになる。


故郷にいる愛する妻と子供たちは少しケチったせいで何もかもパァだ。


ふざけてやがる。あまりにも安くなったもんだ。


目を開けて自前の銃の重みを感じる。

ベルギー製の半自動小銃。

1500ドル。

それから撃ち出される5.56NATO フルメタルジャケット弾

一発1ドル50が弾倉で1つ。

ボルトを動かし薬室に弾を送り込む。


今日に限ってはこの一発は高くつくことになるだろう。

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1セントの銃弾 シナミカナ @Shinami

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