第2話:心の声

「聞いてくださいボスヴィル兄上、バカン伯爵家のセシリア嬢が酷いのです。

 癒しの聖女と評判なのをいい事に、何かにつけて対抗してくるのです。

 私の婚約者と知っていて、王太子に色目を使うのです。

 少し治癒魔術が上手いからといって、伯爵令嬢ごときが不遜すぎます。

 ブルードネル王太子殿下も酷いのですよ、鼻の下を長くして、セシリア嬢の身体にベタベタと触れるのです。

 わたくし、悔しくて悔しくて泣きそうになってしまいましたわ」


「おい、おい、おい、まさか泣いたわけではないよな、クリステル。

 アースキン公爵家の令嬢ともあろう者が、伯爵家の令嬢ごときに挑発されて悔し涙を流すなんて恥だぞ」


「涙など流しておりませんわ、ボスヴィル兄上」


「よし、よし、よし、それでこそ俺の妹だ。

 我がアースキン公爵家と婚約したブルードネル王太子殿下を誘惑したというのなら、それは我が家にケンカを売ったという事だ。

 堂々と受けて立てばよいのだ、クリステル。

 アースキン公爵家の力を使って徹底的に叩きのめしてやれ。

 そうしなければアースキン公爵家が舐められてしまうぞ」


「そうですわね、ボスヴィル兄上。

 アースキン公爵家とバカン伯爵家では家格に大きな差がありますものね。

 何かにつけて差を見せつけてあげますわ」


「それだけでは駄目だ、戦いとは兵力だ。

 社交界で味方を集めて数にモノを言わせて徹底的に叩くんだ。

 バカン伯爵家の当主ジェイムズは、困窮する貴族や士族に金を貸して情け容赦のない取り立てをしている。

 長男のケニヨンも金の力で貴族や士族の令嬢を泣かせている。

 クリステルが声をかければ多くの下級貴族が集まってくる。

 そいつらにセシリアを叩かせるんだ。

 爵位の下の者に恥をかかされる気持ちを同じように味合わせてやれ」


「いい方法ですわ、ボスヴィル兄上。

 兄上の言われる方法でセシリアに恥をかかせてあげますわ」


(本当にいいの、本当にそんな事をしていいの。

 クリステルは本当にブルードネル王太子殿下を愛しているの。

 王侯貴族の誇りや令嬢の気高い言動を捨ててまで愛する価値があるの。

 あのブルードネル王太子殿下にそれほどの価値があるの。

 他人の婚約者を誘惑するような下劣な女に惑わされるような、愚かで恥知らずなブルードネル王太子殿下に、クリステルの名声を賭ける価値があるの)


「だれ、だれよ、何を言っているの。

 わたくしはアースキン公爵家の令嬢なのよ。

 かかされた恥は雪がないといけないのよ。

 売られたケンカは買わないといけないのよ。

 そうでなければアースキン公爵家の名誉が保てないのよ」


「おい、どうしたのだクリステル。

 誰に向かって話しかけているんだクリステル。

 しっかりしろ、クリステル」

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