第10話 イケメンと肉を食らう(付き合ってない)

 パスタを食べた翌日の夜、宮本さんからショートメッセージが届いた。


 のだが、


 訳の分からないキャラクターのGIF画像で、反応に困った。



 なにこれ……妖怪?怪獣?目がでかくて不気味……いちおう片手(らしきもの)をあげてるから、ハローとかそういう……。


 わからん。宮本さんのセンスがわからん。


 などと解読に悩んでいると、画面に吹き出しが増えた。



『次の水曜日、空いてる?』

『はい。』

『じゃ、またその日、そっちの駅で会おう。』

『はい。』



 とだけやり取りすると、またGIF画像が届く。


 ……やたらギョロ目の……どっかで見た気がするけど覚えてないな……多分コメディアンが、はにかみウィンクしながら片手を振っている。バイバイですか。


 ……わからねぇ。宮本という男のセンスがわからねぇ。ノリもわからねぇ。……それともこれが陽キャの普通なのか。理解できないのは私だけなのか。


 次の水曜日に会うまで、やり取りはそれだけだった。班も違うし席も離れていたので、会社で関わることはほとんど無かった。




「次は、話の流れを教えてくれませんか。どんなことが起きて、どんな結末に向かうのか。」

「……結末?」

「はい。その、起承転結とか、三部構成とか、聞いたことがありますか?」

「うーん……あんまりよく分からないかも。」


 店員さんが七輪を用意してくれている向こうで、上着を脱ぎながら彼は答えた。


 今回は焼肉を食べながらの会議である。


 会議には不向きな食べ物であることこの上ないが、半個室だし、どうしても食べたいと彼が言うので、反対はしなかった。……確かに今週給料日だったしな。


 ……しかし毎回ここまで豪勢にされるとサイフが痛いのだが……。正社員さんと比べて、派遣は経済的余裕が少ないのですよ……。今日がどうか特別でありますように。



「お話には、だいたい『型』みたいなものがあって……例えばミステリだったら、最初に事件が起こって、主人公が少しずつ謎を解き明かしていって、最後に犯人を追い詰める、みたいな。」

「ああ、なるほどね。」


 ここで私は、一度ごくりと唾を飲み込んだ。


「えと、宮本さんは……男性同士のラブストーリーが書きたいんですよね?」

「うん。」


 そうか……夢じゃなかったんだな……。本気だったんだな……。


「じ、じゃあ、だいたい恋愛ものの型は、2人が知り合って、紆余曲折あって、最後には……えと、晴れて恋人同士になる、みたいな感じだと思いますけど……。そんな感じになります?」

「うーん……。」


 あぶねぇ、『結ばれる』って言いそうになった。なんかこっぱずかしくて思いとどまったけど。


 宮本さんは、テーブルの向かいで考え込んでしまった。



「よし、わかった。」


 お通しとタレと小皿が運ばれて来た後に、宮本さんはようやく口を開いた。


「話の流れは、敷島さんには秘密。」

「……は?」

「その先どうなるかは、敷島さんは知らないまま。ただ、俺が話す出来事だけを順番に書いていってくれればいいよ。」


 と言って、ナムルを頬張る彼。


 ……ええええええええ?


「え……じゃあ、私は結末も知らないまま書くんですか?」

「そう。その方が、面白くない?」


 ……いやいやいや、面白いって、誰が?


 まさか、私が?



 正直、話の流れを知らずに書くのは、苦痛以外の何者でもない。


 私自身が、結末や展開を決めずに書き始めて、書き切った試しが無いからだ。途中で筆が止まってしまうのが、目に見えている。


 これで宮本さんが創作のプロであれば、そうであっても不安は無かったかもしれないが。



「あの、聞いておきたいんですが。」

「うん?」


 運ばれて来た肉の皿を受け取りながら、私は聞いた。


「宮本さんの中では、お話は出来上がっているんですか?」

「うん。」


 あっさりと答える彼。早速、牛タンを焼き始めた。あ、網にレモン擦り付けずに焼きやがったな?タンがくっつくっつうのっ。


 ……じゃなくてね?


「その、出来上がっているっていうのは、結末だけじゃなくて……まず何が起こって、キャラクター達がどう反応して、その次に何が起こって、っていう……。」

「だーいじょーうぶ。ちゃんと出来てるから。最初から最後まで。心配しないで。」


 網いっぱいに牛肉を並べながら、宮本さんは私を宥める。そこまで言われてしまえば、何も言えなかった。




 ストーリーを教えてもらえないと知り、私は、自分が宮本さんの創作に口出しをするつもり満々であったことに、この時気がついた。


 ここでこうした方が良い、キャラクターはこう動くべきだ、ここで伏線を張れば面白くなる……などなど。より『読者にとって面白い作品』になるように、助言するつもりでいた。自分の方が、知識と経験があるからと言って、思い上がっていたのかもしれない。


 これは、私の作品ではないのに。



 2人で協力して、面白い物語を創るのだと勝手に思っていた。どちらかというと、私の創作に彼が加わる、とすら思っていたかもしれない。


 そうじゃない。彼は、ただ自分のアイデアを形にしてほしいだけだ。


 聞いた限り、これを世に出したいとも思っていない。


 私には理解出来なくても、何か別に、彼にしか分からない価値が、その物語にはあるに違いない。


 それはいったい、なんなのだろう。



「敷島さんさぁ……。」


 焼きあがった肉をトングでつまんで、私と自分の小皿に取り分けながら、彼が言う。


「覚えてる?これは俺の物語なの。敷島さんのじゃないんだよ。だから、敷島さんは考えなくていいの。ただ……俺は説明下手じゃん。文章も、下手だからさ、それを書いてくれれば良いの。もっと、気楽でいてよ。」


 言ってから、彼は牛タンを頬張った。


 しばし相貌を崩して、その旨味を味わってからまた言う。


「まぁ、書くのを強要させてる身で言うのもなんだけどねー。」

「……そうですね。」

「なんか言った?」

「いいえ、何も。」

「……早く食べなよ。美味いよ?」

「はい。頂きます。」


 それから、それなりに腹の空いていた私は、彼ほどではないにしろそれなりの勢いで肉と米を平らげていった。


 ……焼肉食ったの、何ヶ月ぶりだろう。美味すぎ。涙出そう。




 彼が頼むまま、タン、トントロ、カルビ、ロース ––– 他にも頼んでいたがよく分からない名前だった。 ––– などを堪能していき、ホルモンを頼み始めた辺りで、私はやっと我に帰った。


 やべぇ、ぜんぜん創作の話してねぇや。好きな食べ物と今まで食べた美味しいものランキングで盛り上がっちゃったし。ああタレの染み込んだ米もうま。


「宮本さん、それで、お話の事なんですけど。」

「え?あぁそうだね。ごめんごめん。」

「取り敢えず、第1話の部分だけでも教えてもらえませんか?」

「そうだね。えーと最初は……。」

「あ、その前に。」


 思い出して、私はノートを1ページ前へめくった。


「この前教えてくれたキャラクター達、名前って決まってるんですか?あと、タイトルは決めてます?」


 前回聞いた、2人のメインキャラクター。名前は教えてもらっていなかった。




 不意に訪れた沈黙に、私は狼狽えるほか無かった。




「……宮本さん?」


 宮本さんは、ミノを焦げ付きが酷くなった網の上で転がしながら、何も言わない。


 考えている?


 さっきまでとは打って変わって、何処か神妙そうな表情に、私はそれ以上声をかけるのを躊躇った。



 どうしよう。何か気に触ることを言ったかな。


 それともまだ決まっていないのかな。そうだとしたら、そう言ってくれてもいいのに……。



「あるよ。名前。」


 唐突に言われて、心臓が飛び跳ねた。


「金髪の方は……レニー。あだ名は、レン、かな。」


 ゆっくりと、噛みしめるように言う宮本さんの様子を怪訝に思いながらも、私はノートにそれを書き留める。


「黒髪の方は……。」


 宮本さんは、トングを置いた。しゅうしゅう煙が出てるのに、まだそれを小皿に取ろうとはしなかった。





「ルーク。」





 真剣な表情で、私と視線を合わせて、宮本さんはその名を呼んだ。



 じっと私の目を見て、離さない。



 どうしたんだろう。



「……宮本さん?」

「……ごめん、何でもない。」


 目を逸らして、またトングを手に取った。


「あーあ、焦げちゃったね。まだ頼む?」

「あ、いえ、もう……。」

「俺もそろそろいいかなぁー。」


 その声の調子は、つい先ほどまでの宮本さんに戻っている。



 いったい、今のは何だったのだろう。




「っていうか、バス何時だっけ?」

「あっ!」



 結局、また私は、自宅までエスコートされることになったのだった。

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