第4話 クエストに向かうオレです
役所までは歩いて五分ほどの距離にあった。その間、モミジとミヤビが何度も同じ口論を繰り返していたのは言うまでもない。
「さ、着きました。ここがクエストを受注できる役所です。クエストの受注以外にも婚姻届や離婚届、パートナー届けなどの提出もこちらで行います」
ミヤビが京の手を引きながら説明する。京自身も役所の見た目はゲームなどでよく見る光景だと思った。
木製の黒板に無作為に貼られたクエストの張り紙。それを見ながらクエストを選ぶ女騎士や女魔道士。受付嬢が笑顔を振りまきながら対応していた。恐らくゲームなどで見るクエストを受注できる場所と京の転生前の世界の市役所や区役所の役割が融合した感じだろう。そして、京の姿を見た女騎士や魔道士は黄色い歓声を送っていた。
「やだなぁ。お姉様はミヤビのものなのに」
ミヤビの言葉にモミジがすかさずチョップする。
「バカ言ってないで、さっさと受注する!」
鉄製の手袋のチョップはミヤビの頭から軽い流血させる程度には充分の威力だった。頭部を攻撃されたにも関わらず平気なミヤビを見て京はこの世界の女はたくましいんだと自己解釈した。
「すみませーん。第四騎士への昇格クエストを受注したいんですけど」
流血した頭を軽く擦りながらミヤビは受付嬢に話しかける。受付嬢はミヤビの声に反応し、手を振った。
「昇格クエスト『小さきドラゴンのボス討伐』ですね。おひとりでのご参加ですか?」
受付嬢らしい優しい声色。やや小さな丸メガネが良く似合う雰囲気の彼女は京が転生前にかなりやりこんだ狩猟採集ゲームに出てきそうだなと思わせた。
「いいえ。この第二騎士のお姉様と一緒に参加します」
京の腕を組んで引っ付くミヤビ。受付嬢は何か勘違いをした笑みを浮かべ、机の下から書類を取り出した。
「了解しました。それでは、こちらの書類にサインをよろしくお願いします。お二人がサインを完了した時点でクエストはスタートします。制限時間は三日間。リタイア希望の場合はお持ちの勲章からその旨をお伝えください。救護班が向かいます」
京の胸元にあるやや装飾が派手なブローチを指さす受付嬢。なるほど、これは身分証と通信を行うものかと京は理解した。受付嬢の言葉に二人は頷くとそのまま書類にサインした。
「いくら記憶を失っていても、第二騎士のお姉様がいるなら私たちは必要ないわね。カエデ。どうせ暇だしアタシ達もクエスト受けましょ。ミヤビの昇格祝いに美味しいもの食べたいし。ちょっくら稼ぎに行きましょうよ」
モミジがカエデの手を取り、クエストの募集ポスターを指さす。
「そうね。キョウさんの歓迎会もやりたいし、短時間でやれそうなものを探しましょうか」
カエデが黒板に貼られた一枚の紙を取る。
「これなんてどう? 『極彩色な怪鳥の討伐』だって。倒したついでに羽や皮を剥いで換金しましょう。姉さん」
握られた手をそのまま引っ張り、受付嬢の元へ向かうカエデ。モミジも頷きながらカエデについて行った。
四人はそれぞれのターゲットを倒すため、国の中心街から離れた森の方まで移動した。三年ぶりのクエストを受けたミヤビの足は微かに震えていた。
「うーん……。本当に大丈夫かなぁ。訓練はしていたけど、実戦はほぼ初めてだし……」
腰に眠る剣の柄に触れるミヤビ。それを見たカエデがミヤビの顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。この魔物は特別変な対策取らなくても当たればそのうち倒せるってよく言うから。それに、キョウさんがいるじゃない。第二騎士のお姉様がこんな低クエストに同伴だなんてミヤビちゃんは贅沢なのよ」
先端に水晶玉のようなものがついている一メートル程の杖を持ちながら話すカエデ。彼女の赤に近いオレンジ色の長い髪が歩くテンポに合わせて揺れる。
「それでもトドメをさすのは私なのよー」
わざとらしいため息をもらすミヤビ。二人のやり取りを聞いていた京とモミジが振り向く。
「小さきドラゴンって、もしかして仲間を呼んだりする魔物か?」
京の質問にモミジが頷く。
「あら。忘却魔法であってもそこら辺は記憶にあるんですね。そうですよ。あの魔物は弱ってくると仲間の小さきドラゴンを呼びます。それは討伐対象ではありませんのでボスに専念するのがベストな選択ですけどね」
モミジの言葉で京は確信した。自分が好きだったゲームのキャラそっくりだと。それならば要領は分かる。後はミヤビが絶命させれば見事にミヤビは第四騎士に降格し、モミジが突っかかってくることもない。面倒事が一つ片付くのと、自分の実力を知る。一石二鳥だなと京は思った。
「何となくの勘でしかないけどな。オレがミヤビの戦いに集中出来るようにそのドラゴンの仲間を引き離せば大分楽な局面だろ?」
「そうですね。ここまでしてもらって昇格するのも解せませんが、まぁ、ミヤビの実力が低い訳ではありませんので。やる気代と思えば許せます」
再度ミヤビを横目で見るモミジ。自分の防具と比べ傷がかなり少ないミヤビの防具はどれだけクエストをサボっていたのか物語っていた。
「ところで、キョウお姉様。あなたは随分と変わった一人称ですよね。オレだなんて。まるで男のようです。ま、第二騎士のキョウお姉様なので勇ましくてとても良いとアタシは思いますよ」
微笑むモミジ。恐らく京の世界で言うならボクっ娘程度の感覚なんだろう。そして、第二騎士という立場で許されている。これが彼女たちと同じ立場であったらそんな男らしい一人称はやめなさいと言われるだろう。
「そう言ってくれるならオレもとても居心地が良い」
女に転生して京は少し素直になったなと実感した。元々そんな口数の多い人間ではなかったが、一人暮らしで人と話さない事が多くなり、いざ話すとなると多少吃る事があった。しかし、ここに転生して半日ほどだと思うが、割と素直に話せているなと思った。
京の言葉にモミジは僅かに頬を赤くした。しかし、それは直ぐに京から視線を逸らす事により京に悟られることはなかった。
「さ、この分かれ道で一旦お別れです。キョウお姉様。ミヤビの事、よろしくお願いしますね。私たちはこちらの湿原の方へ向かいます」
京たちが向かう反対側を指さすモミジ。その後カエデの名を呼び自分の隣に立たせる。必然的にミヤビも京の方へ向かい、互いに背を向け目的の魔物討伐へと向かった。
「ここから少し歩いたらその討伐対象の魔物がいるんだろ?」
京の言葉に頷くミヤビ。手元にある地図と現在の地形を見比べる。
「そうですね。もう出てきてもおかしくはありません。お姉様。気を引き締めて行きましょう」
地図を握り締めるミヤビの手が震える。紙の地図はミヤビの握力でシワになっていた。そんなミヤビの頭に京は優しく手を置いた。鉄製の手袋をつけているので不器用に撫でるようになった。
「たかが小さい魔物のボスだろ。いざとなったらオレもいるし、リタイアすればいい。気負いするな」
京の言葉にミヤビの顔は真っ赤になった。胸が高鳴る。体温が上がる。こんなに素敵なお姉様が自分を応援してくれている。そう思うだけで身体中からエネルギーが溢れてきた。
「あー! もう! お姉様! すき!」
ミヤビのエネルギーは叫ぶことにより発散された。このままキョウお姉様を襲ってしまおうか。そう思った所だった。森の奥の方から小鳥が慌てて逃げ出すように飛び立った。
「ミヤビ! 叫びすぎだ!」
京の声に反応したのはミヤビではなく、森の奥から出てきたライオンほどの大きさの魔物だった。こちらを睨みつける魔物。ティラノサウルスのような二足歩行で口には先程食べていたのだろう動物の肉と思われる肉片がギザギザの歯の間に詰まっている。時折魔物のヨダレが地面に落ちた。
「これがその小さきドラゴンのボスかよ」
ドラゴンというかトカゲのようなその魔物は京の知っているゲームにも登場しているモンスターに近いものを感じた。画面越しならば特に何も気にせずに倒すが、対面となるとそこまで強くないと知りながらも緊張感があった。
腰の剣をそっと抜く二人。金属がすれる音に魔物が反応し、こちらをさらに睨む。
「ミヤビ。オレはあいつには一切攻撃しない。オレの剣だと何発持つか分からない。だから、お前はあいつに集中しろ。それ以外の援護はオレが全力でする」
両手に力を入れ剣を強く持つ京とミヤビ。その時、柄の部分から微かに金属音がした。
それを合図にしてたかのように魔物の鳴き声を上げながらがミヤビに向かって襲いかかった。左足を一歩前に出し、剣先を魔物の目に向け、次の動きをスムーズに動けるようにする。攻防共に咄嗟に反応しやすいこの構えを無意識にできるミヤビは基礎は身に付いているはずだが、剣術を知らない京はそれを理解することは出来なかった。
「はぁー!」
雄叫びと共に剣を頭上に振り上げ右足を踏み込みその勢いで振り上げていた剣を魔物の頭部目掛けて振り下ろす。魔物はそれを第六感で感じ取り、頭部を反射的に左に傾ける。ミヤビの攻撃は空振りかと思われたが、魔物の第六感以上の速さで攻撃した為、魔物の右耳は破損した。切断面からは魔物らしい赤ではない血が流れていた。
「顔だ! 顔を狙え! ミヤビ!」
京の叫び声に僅かに耳を傾け、再度同じ構えを取り、剣を振り下ろす。しかし、魔物もミヤビの攻撃を学び、次は後方に飛び、距離をとる事で攻撃を避けた。顔を空に向け魔物は先程とは違う特徴的な鳴き声を発した。予測不可能な行動にミヤビは再度剣を魔物に向けて構える。
「顔を狙う。顔を狙う。顔を狙う」
京の助言を呪文のように何度も呟くミヤビ。その声は少し恐怖が混ざっていたが、魔物に会う前の身体の震えは無かった。
その時だった。森の茂みから大型犬程の魔物が数匹現れた。ミヤビが戦っている魔物によく似た容姿の奴らは恐らく小さきドラゴンなのであろう。
小さきドラゴンたちが一斉にミヤビに飛びつくように襲いかかった。予想外の出来事にミヤビは目を閉じた。
「きゃ!」
ミヤビを助けようと京も利き足を蹴り、剣を振りかざしながら駆けつける。
転生前にも剣道などの経験は無かったが、不思議と脳内に剣の扱い方が浮かび上がり、身体が勝手に動いていた。剣先が小さきドラゴンの腹に当たり、そのまま三枚におろされた魚のように内蔵が露になった。潰れるような鳴き声を上げながら絶命する小さきドラゴン。無意識に乱舞される京の剣は無差別に魔物の命を奪っていった。
あまりにも簡単に倒れていく魔物を見て京は確信した。
オレは強い。よくアニメやネット小説で読んだ俺TUEEEEのアレだと。特に特別な特訓はしていないのに簡単に倒せる魔物。それは京にとって快感だった。
「お姉様!」
京の異様な強さにミヤビは絶句していた。これが第二騎士の実力か。そう実感した。京が小さきドラゴンと黙々と倒している間にそのボスの魔物は足を引きずりながら逃げようとしていた。
「逃がさないよ!」
片耳を切断され、半分になった魔物の聴力にミヤビの声は届かなかった。右足を思いっきり踏み込み、ジャンプする。
「はぁー!」
気合いの入った掛け声と共に振りかざされた剣。そのままミヤビの腕力と重力によって小さきドラゴンのボスの頭に真っ直ぐに突き刺さった。血しぶきがミヤビの汚れを知らない甲冑を染めた。
魔物のボスは悲鳴のような鳴き声を上げると同時に動かなくなった。それを確認した生きている小さきドラゴンたちは散り散りに森の奥へと逃げていった。
ミヤビはそのまま魔物のボスの瞳を確認する。瞳孔が開き切り、光を失っていた。
「やった……! やったぁ!」
魔物の絶命を確認すると、飛び跳ねながら喜ぶミヤビ。甲冑が忙しなく音を立てる。
ミヤビの様子を見て、京もまた、安堵の息を漏らす。自分の剣を鞘に戻す二人。
「よくやったな……」
京も魔物の絶命を確認するように顔を覗き込む。先程よりも瞳は濁り、口元はだらしなく開き、歯の隙間から舌がだらしなく伸びていた。
「とりあえずですが、この魔物の皮も剥いで持って帰りましょう。恐らく大した額ではありませんが、小遣い程度にはなると思いますし」
腰から包丁程度の大きさの短剣を取り出し無駄なく皮を剥ぎ取るミヤビ。これでミヤビは第四騎士となり、モミジもうるさく言ってこない。それに、一度魔物を一人で倒す経験があるとミヤビにとってもかなりの自信に繋がるはずだと京は思い、クエスト終了の連絡をするために自身の胸元にあるブローチに触れようとした時だった。先程逃げ出した小さきドラゴンの生き残りが戻ってきたのだ。突然の事で目を見開く京。ミヤビもまた皮を剥ぎ終えていて京と同じリアクションをしていた。
「え?!」
ミヤビの言葉に京は我に返り、剣を抜いた。京の行動を見たミヤビも同じく剣を抜く。しかし、小さきドラゴンたちは京たちを素通りしてそのまま去っていったのであった。
「なんだったんだ……」
京の言葉にミヤビは辺りを見渡した。自分たちを無視するほど慌てていた小さきドラゴンたち。それは何を意味するのか座学で散々学んでいたミヤビは再度剣を構えた。
「キョウお姉様。小さきドラゴンたちが逃げ出したということは、奴らを餌とするような大きな魔物が現れたということです」
今までのおどけた口調ではなく、声色もワントーン低いミヤビ。彼女の緊張感はそれだけで京にも充分伝わった。
「そして、そのデカい何かがこっちに来ているんだよ」
京も剣を構えた。その数秒後、今まで聞いたことの無い魔物の雄叫びが二人の鼓膜を刺激した。森の木がなぎ倒される。
「嘘だろ……」
森の木をなぎ倒した犯人。それは先程の小さきドラゴンのボスとは桁違いの大きさだった。京の転生前の世界のもので例えるならば、戦車の二、三倍はあると思われる。
獣と竜の間のようなビジュアル。四足歩行の前足にはコウモリの羽のようなもの。黒と濃い緑の間のような毛色。豹を連想させるようなしなやかな体にやはりコウモリのような顔に赤い瞳。
誰がどう見ても魔物や魔獣と呼んでもおかしくない見た目の魔物が京とミヤビを好戦的な目で見ていた。獣独特な臭いが魔物の口元から垂れるヨダレから二人の鼻孔に届く。
「いや……」
好戦的な目と圧倒的な大きさからくる威圧感でミヤビは戦意喪失していた。蛇に睨まれた蛙のように動けずただ無駄に震えるミヤビ。
「ミヤビ! しっかりしろ!」
おかしいだろ。初心者向けのクエストだろ。これは。と内心呟きながらミヤビと魔物を交互に見る京。
先程の実力の感じだと恐らく自分は戦える。しかし、ミヤビを守りながらとなると話は変わってくるであろう。大型の魔物と実戦で戦った事の無い京には未知数であった。とりあえず自分を囮にしてミヤビを逃がし、助けを呼んでもらう。それが最善策だと判断した京は己の実力を信じ、剣を振りかざしながら走った。
「うおー!」
叫び声と共に魔物も好戦的な雄叫びを上げた。顔を狙うのは難しいので前足に剣を当てる。しかし、魔物は京の攻撃を何事も無かったかのように受け止めた。硬い毛が京の攻撃を防ぎ、弾き返した。
「嘘だろ……」
二度目の同じ言葉。そして実感した自分の実力不足。俺TUEEEEの世界線ではなかった絶望。全てが京の戦意を奪っていった。何度か同じ攻撃を試みたが、結果は同じだった。
魔物の三度目の咆哮を耳にした時、京は絶望的だった。ミヤビはおろか、自分の命さえも危ない。この現実を受け止めるのは簡単だった。魔物が前足を頭上に振りかざし、鋭い爪で京を引っ掻こうとした瞬間、魔物の背後から血が吹き出していた。
反射的に目を閉じていた京だったので、何が起こったか理解できなかった。ただ、自分を攻撃しようとしていた魔物の動きが止まったことを確認し、ミヤビの元へ急ぐ。
「ミヤビ! 大丈夫か?!」
震えるミヤビの肩を掴み、身体の異常を確認する。特に目立った怪我はなかった。次に魔物に何があったの視線を向ける。すると、そこには、目を見開きながらゆっくりと倒れる魔物の姿があった。魔物が完全に倒れた時、軽い地震のような揺れを感じた。
「大丈夫か。二人とも」
女性にしてはハスキーな声が魔物の血が吹き出た部分から聞こえた。
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