第3話 双子と知り合ったオレです

 突き飛ばされ、壁に激突するミヤビ。間抜けな悲鳴がミヤビから聞こえる。とりあえず助かったと分かった京はゆっくりと上半身を起こした。オレンジ色の二人に視線を送る。



「えっと、お取り込み中すみません」



 ローブを着た長髪の少女が京に駆け寄り謝罪する。彼女の手を借りて立ち上がる京。女性らしい優しい匂いが京の鼻腔を刺激する。



「いいや。本当に助かった。本当に……」



 未だにどの意味か分からない汗が京の額を走る。横目でミヤビを見たが、思った以上に元気だったので特に心配はしなかった。



「もう! モミジ! 邪魔しないでよ!」



 ミヤビが頬を膨らませ唇を尖らせる。モミジと呼ばれたオレンジ色の瞳を持つショートヘアの少女は顔を真っ赤にしながら右足を思いっきり地面に叩きつけた。



「邪魔って! ミヤビが昼間っからあんな事してるからでしょ! 試験に合格してからロクにクエストも受けないで!」



 モミジもまたミヤビと同じように頬を膨らませ唇を尖らせていた。自力で立ち上がり、砂埃を払うようにスカートをはたくミヤビ。



「いいじゃない! あんな素晴らしいお姉様がいれば食らいつくのが普通でしょ!」



 さらっと恐ろしいことを口にするミヤビ。それを聞いたモミジは大きくため息をついた。



「あのねぇ。カエデも何か言ってあげて! いつまでも第五騎士で居ないで早く昇格しようってさ!」



 後半はカエデと言われたモミジと共にやってきた髪の長いローブを着た少女に向けられた。突然話を振られ慌てるカエデ。



「え?! えっと……。ミヤビちゃん。第四に上がるのは私でも出来たんだから簡単よ。一緒に頑張りましょう?」



 思いついた限りの言葉を並べるカエデ。一気にアウェイになった京はいつ会話に入ればいいのかタイミングを失った。



「カエデはあくまでも魔道士でしょー! 同じクエストでも感覚が違うのよー!」



 お姉様助けてと言いながら京の後ろに隠れるミヤビ。それにより京は強制的に三人の会話に参加することになった。


 改めてモミジとカエデを見るとよく似ている。髪型や髪色は若干違うものの、目の形や色、背丈など共通点は沢山あった。姉さんと呼ばれていたので、恐らく二人は姉妹で、ローブを着たカエデが妹なのだろうと察した。



「そこの素敵なお姉様。ミヤビとそのような関係になる前にその子を昇格クエストへ行くように言ってくださいよ。この子、三年も第五騎士なんですよ。しかもクエストもほとんど受けてない。騎士の恥です」



 モミジが京に話しかける。初対面の人間に物怖じしないその態度は騎士そのものだなと京は思った。



「何となく状況は分かった。その前に自己紹介をさせてくれ。オレは京。第二騎士だ。忘却魔法を恐らく、くらっていて記憶がここまでしかない。コイツとは初対面で特に変な関係ではない。むしろ、乱入してくれて助かった」



 先程ミヤビに教えてもらった知識を使い自己紹介する京。モミジの強気な態度は京に無意識に苦手意識を持たせた。とりあえず、二人とミヤビの関係性を知るのと自分は無実だと言うのを伝えることにした。京の言葉を聞いてモミジは目を丸くした。



「あら。そうだったんですね。キョウお姉様。自己紹介が遅くなりすみません。アタシはモミジと申します。んで、隣の子が双子の妹のカエデ。共に第四騎士と魔道士です」



 軽く礼をするモミジ。それにつられてカエデも京に頭を下げた。



「私たちはミヤビちゃんの幼なじみでもあり、同期です」



 カエデでミヤビとの関係を補足し、京と目を合わせる。頭をあげる時に彼女の長い髪が揺れた。



「なるほど。それで、コイツがいつまでも昇格しないからこうやって誘いに来たって事か」



 自分の後ろに隠れていたミヤビを無理やり前に出す京。誰とも目を合わせられない状況であるため、ミヤビの視線は泳いでいた。



「あ、いや……。その……」



 逃げ道を失い、言い訳の言葉を探すミヤビ。しかし、三人の視線はミヤビの想像以上に冷たかった。



「第四騎士の昇格クエストの内容は森に住む魔物の討伐。小さきドラゴンのボスが討伐対象。剣でも魔法でも順序よくやれば簡単に倒せるよ。ミヤビちゃん。私達も一緒に参加してトドメをミヤビちゃんがすれば成果はミヤビちゃんになるから、大丈夫だよ」



 カエデが優しく手を伸ばす。せっかくの逃げ道だったが、ミヤビはその手を取ることはなかった。そして、ポツリと呟いた。



「分かってるわよ。でも、第五騎士のほうが上級のお姉様達に可愛がってもらえるじゃない」



 数秒の沈黙。三人がミヤビの言葉を理解した時、京とカエデは呆れのため息。モミジは怒りのエネルギーを歯を食いしばる事で最小限に抑えていた。



「はぁ?! じゃあ、ミヤビはレディースパートナー探しの為に騎士試験を受けたってこと?!」



 モミジの言葉に頷くミヤビ。その対応にモミジの怒りのボルテージは更に上がった。



「恋活に国家試験を使うなんて! なんて不謹慎なのよ! アタシたちは騎士! 国の為に国を守る剣となり盾となるの!」



 床を強く踏み音を立てるモミジ。彼女の気迫に負け数歩下がるミヤビ。カエデもまた、モミジに恐怖し、京の隣に逃げる。



「私は何となく知っていましたけどね。姉さんがこうなる事も予測出来たので黙っていたのに……」



 京にしか聞こえない声量で話しかけるカエデ。彼女のローブの裾が微かに揺れた。



「分かった。分かったから。じゃあ、こうしよう。今からオレがミヤビを連れてその、クエスト?を受けに行く。んで、オレがその魔物を弱らせてミヤビがトドメをさす。さすがに第二騎士のオレが居るなら大丈夫だろ?」



 これ以上二人の言い争いを続けてはならないと判断した京が両手を叩き、言い争いを中断させる。視線が一気に京に集まる。



「キョウお姉様? 今、オレって……」



 モミジの言葉で本日二度目の墓穴を掘ったことに気付く京。ミヤビの時は誤魔化せたが、あの二人が一人称がこの世界で劣等種と同じものだと言うことに嫌悪感を抱かれたらこれから先、二人との関係性は良好ではなくなる。



「あ、いや、その……別にいいだろ。人の一人称なんて今は。それよりも、ほら、行くなら早いほうがいいだろ」



 話題を切り替える事により誤魔化しを試みる京。



「そうですね。この勢いでミヤビを第四騎士にしましょう」



 モミジがミヤビの手首を掴み家から引き出そうと力を入れる。



「痛い痛い! 分かった! 行くから!」



 この時、手首の痛みを忘れる程の考えがミヤビの脳裏を横切った。



 キョウお姉様と一緒にクエストに行ける。もしかしてこれはデートではないか。魔物に襲われる自分を助けるお姉様。魔物討伐のご褒美として貰える接吻。こんな美味しいシチュエーション逃す訳にはいかない。


 後半はほぼミヤビの願望という名の妄想だったが、その妄想がミヤビのやる気を一気に引き出した。


 モミジの手を振り切り、自ずから玄関のドアを開けた。



「さー! 行くわよー! 目指せ魔物討伐後のご褒美!」



 木製のドアが何回目であろう勢いよく開かれた音を立てる。太陽が西に向かってやや傾く頃、剣士三人と魔道士一人がクエストを受注できる役所に向かった。



 待てよ。さっきご褒美って言ってなかったか?



 京の僅かな心配は残り三人の勢いにのまれてこれ以上模索する余地がなかった。

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