1年越しの桜

ミケ ユーリ

第1話

 雨が降り始めた。


 傘をさし歩き出すと、ゆるい坂道を下って来た自転車とすれ違いざまにパサッと音がした。音がした方を見ると、黒糖ロールが5つくらい入ったパンの袋が落ちている。


 自転車のカゴから落ちたのかな。2歩ほど戻って手を伸ばせば拾ってあげられる。


 自転車から降りて拾うのも面倒だろう、と、パンに近付くと、私の行動は見えているだろうにその人は自転車を降りた。


 あ、子供が触ることを心配してるのかもしれない。


 一瞬、ためらった。でも私はもうパンに向かっていたから、ここでまた引き返すのもおかしい。さっきお店を出る前に手指の消毒をしたところだから、もしも私が無症状の感染者でも今の私の手は安全なはずだし。


 パンを拾い、


「どうぞ」


 と差し出すと、女の人が自転車のハンドルを片手で持ったまま、


「ありがとう」


 と笑顔で受け取ってくれた。


 良かった、私を警戒して自転車を降りた訳ではなさそう。


 もしも私が触ることで不安にさせてしまうなら、私のしたことはただの大きなお世話になってしまう。


 あ、雨が降りそうだから、急いで買い物に行ったのかな。女の人は傘をさしていなくて、前のカゴも後ろのカゴも満杯だ。


 また歩き出しながら、ボーッと考える。


 あんなに前も後ろもたくさん入っていたら、あのパンを拾うためにかがんで自転車を傾けたら、もっといろいろ落ちてしまっただろうな。自転車から降りるだけじゃなくてスタンドを立てないとあの人は拾えない。


 拾ってあげて良かったんだ。


 家に帰って、マスクを捨てて手を洗ってうがいをする。キッチンに立ち、目を付けていた動画レシピを確認した。


実夏みなつ、本当にお返し1人でいいの?」


 リビングのソファでゲームをしている実夏に尋ねる。


「うん! 実夏1人しか友達いないし。今から作るの?」


「うん。材料とラッピング買ってきた。28円お釣りだから、14円ずつね」


「買い物行ってくれた柚子ゆずにあげるー」


「ありがとうー」


 別に、14円くらいどっちでもいいんだけどね。


 バレンタインデーにお菓子をくれた友達に、お返しに渡すお菓子を作る。


 小学校の時の友達から4個、中学校で同じクラスの子から2個、演劇部の先輩から1個もらった。


「あ、柚子、今から作るの? 晩ごはん作る時間までには終わる?」


「まだ2時過ぎだよ。余裕で終わるよ」


「ならいいけど。片付けまでがお料理だからね! ちゃんと片付けてねー」


「はーい。分かってるよー」


 ママは何しにキッチンへ来たのか、すぐに出て行った。


 片付けまでがお料理だって割には、流しにお皿山積みなんだけど。

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