第17話 本気
普段いるメンバーとは異なる異色メンバーとも言えるラインナップということもあって、最初こそ若干戸惑いのようなものというか、うまく回るのかという気持ちはあったわけだが、ここは流石の椎名、対人コミュニケーションのスキルは衰えてない。
むしろ先ほどまで水と油、犬猿の仲、
最初こそ会話に、上靴の中に潜んだ画鋲並みに恐ろしい棘のあった美織もいつしか会話の中に柔らかさのようなものが見え始めた。
人というものは意外にもこうして仲良くなるのかもしれない。
「美織ちゃん、次は何やる?」
「今度はフリースローでっ」
「おっけー!」
なんて感じで、若干今度は俺の方が置いてけぼりを食らっている。
それもそれで俺的には良かったりするって部分もあるので許容できる置いてけぼりだった。
やはり、自分が仲良くしている友達同士は仲良くしてくれていた方が個人的に嬉しい。
先ほどから何度か繰り返されている美織と椎名の運動系の勝負もこれで三種目目だ。日頃から部活動のテニスを頑張っている美織はもちろんだけど、ここ最近は部活動をしていないと前に聞いていた椎名が美織相手に善戦しているところを見ると、昔からの運動神経の良さというか元々のポテンシャルの高さのようなものを感じる。
そんな二人の真剣勝負を眺めていると、どこか小さく笑いのようなものがこみ上げてきた。
「何笑ってんの〜!」
ネット越しのコートから椎名が声をかけて来る。どうやら向こう側から見てもわかるくらいには笑っていたらしい。
「いや、なんでもない!」
椎名に負けないように大きめの声で返し、静かに二人の勝負を眺める。
結果的に勝負は椎名の勝利で終わったらしく、美織が少しだけ悔しげな表情を浮かべて帰ってきた。
「あそこで外さなければな〜」
なんて先ほどの勝負を振り返って悔しそうなところを見ると、やっぱり彼女は今でもアスリートというか、スポーツをしている側なんだと理解する。
きっとそれは俺にもあるだろうし、椎名にも少なからずあるのかもしれない。
だけど彼女以上には悔しがれないんだろうなと思ってしまうあたり、きっと俺はもうスポーツから離れてしまったんだろう。
だから美織はその勝負で負けてしまったのかもしれない。なんてな……。
美織と椎名が休憩している間、俺もなんだかんだ体を動かしたくなり一人でもできるバッティングに顔を出した。
というか、女子二人に男子一人という構図はなかなかに一緒に遊びづらい。
別に二人に問題があるとかじゃなくて、女子と男子である以上全力で動かせない。全力でやってもただそこに虚しさが残ってしまうだけなのでこうして大人しく一人で打ち込めるものに向かってしまった。
前回来た時よりも目が慣れるのも早く、二回目に突入した頃にはある程度前に飛ばすだけじゃなく飛距離のある強い打球を返すことができた。
「やっぱり駿は動いている時が輝いているんじゃない?」
人知れずプレイしていたこともあってまさか後ろから声をかけられるなんて思ってもいなかったから思わず振り返ってしまう。
ちょこちょこと手を振っていたのは椎名で、その動作がなんともあざとい。
「もうきつい練習なんてこりごり、これぐらいの距離感で付き合うくらいで十分」
「あはは、それはたしかに!」
けたけたと小さく笑う。だけど少しだけ安心したような笑みを浮かべたのが印象的だった。
プレイを終え、入口横にあったベンチに腰掛ける。それに倣うように椎名も俺の横、ほんの拳一個分の距離感で腰を据えた。
「なんかさ、私もある意味途中で諦めちゃった側の方の人間だから、美織ちゃんのように負けたくないって強い感情が表に出るのを見ちゃうとすこしだけ寂しい気持ちみたいなのを感じちゃうんだよね」
椎名の本音を聞いてどこか似たような感覚を覚えた。
どこかもうあの時の自分のようなアグレッシブさのようなものを取り戻せないというか、どこかあの時のような練習に打ち込めるような自分も、あのころのようにうまくいかないことに苛立ちを見せることができなくなっている。
もちろんそれは自分に対してであって、体育祭のようなチームプレイに関してはまた別だと思いたい。
「でもね、諦めたくないものもちゃんとあるから」
静かに。だけど瞳の奥に熱のような温かみを感じた気がした。
「ああ……そうか」
彼女の視線の意図する気持ちのようなものには心当たりがあったが、それに気づかないふりをして話を切った。
その彼女の思いに応えてしまったらそれはフライング。言葉になっていない思いに対して先んじて回答を返すなんてそんなナルシスト的思考も持てない。
それに前までの自分の回答と同じ回答ができるほど、自分の心の中で揺れ動く天秤の傾き具合をうまく把握できている気がしなかったから。
「ふふ、その顔を見れただけでも十分かもね!」
どこか俺の心を見透かしたように微笑んだ。
その顔がどこか今日一日のあざとさ溢れる椎名の顔よりも、本当の心の奥から漏れ出た茅原椎名の笑顔に感じた。
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