二章 俺を取り巻く環境の変化

第1話 迫る体育祭

 ドッドッド――。

 ドッドッド――。


 七月の中盤を迎えた俺らは、学生生活におけるイベントのひとつ体育祭を目前としていた。


 ドッドッド――。


「はい、駿っ――!」

「あいよっ!」


 グラウンドの反対側からコーナーを抜け走ってくる悠里。ご自慢のポニーテールは今日も元気なようで揺れる悠里の体に負けないようにぴょこぴょこと尻尾を揺らしている。


 地面を踏みつける音が俺の近くでゆっくりと消え、グラウンドの中心部にある芝生へと悠里が戻っていくのが視界の隅で見えた。


 受け取ったバトンを優しく握りながら、全力で走るという感覚を取り戻す。

 タータンとは違ってグラウンドは思ったよりも進みが悪い。そんな感覚に中学時代を思い出してどこか笑みがこぼれてしまう。


「(なつかしいなこの感覚……)」


 大体ここら辺の中学高校は週末になれば競技場のタータンで練習をする。それ以外の日はグラウンドで練習するわけだが、中学までで陸上をやめた俺にとってはやけに久しく感じる感覚だった。


「何笑ってんのっ!!」


 悠里が叫ぶ。

 うるせえ、久しぶりに全力で走ったんだそれくらい許せ。


 前では、俺の次の走者である正樹がこっちだこっち! と俺に手を振る。

 半周150メートルを駆け抜け、正樹の元までバトンを繋ぐ。


「任せた正樹!」

「おうっ!」


 バトンを受け取った正樹はどんどん離れていく。その間俺は悠里と同じように芝生の方へと戻っていき、悠里の待つあたりまで向かう。


「おつかれっ!」

「おう、おつ!」


 パンとハイタッチ。地味に威力が強いせいか手のひらの辺りがジンジンと痛む。

 降り注ぐ太陽の熱に負けないくらいの笑みで悠里は笑っていた。それにつられるように俺も笑う。


「それにしてもクラスの代表選手がよりにもよって俺らかよ」

「息はピッタリだし、なにより速かったのがこの三人なんだししょうがないよ」

「くそ、あの時正樹の誘いに乗らなければ……」

「もう遅いよ!」


 俺と悠里、正樹の三人はこれからやってくる体育祭のリレーメンバーとして選出された。いまアンカーとなっている最後の一人にバトンが渡る。


 バトンを渡し、役目を終えた正樹に恨みがましい視線を送っておく。

 実際四継は一人当たり100メートルな訳だが、このグラウンドはなぜか一周300メートルなため、一人当たりグラウンド半周の150メートルを走る。

 それにほとんどがコーナーでうまくスピードに乗りにくい。


「ふう、お疲れ様~」

「お疲れ正樹」

「おっつ!」


 三人がそれぞれハイタッチを交わし、最後のメンバーである亘理わたりくんが走り終えるのを見守る。


「まあ、セーフティリードだろうな」


 俺の宣言どおり、アンカーの亘理くんは自らがバトンをもらった時のリードを詰めさせないまま一番でゴールを駆け抜けた。


 ちなみに体育祭の種目といえどゲームバランスを考えて陸上部の参加はない。


「いえい! うちらが一番!」


 ゴールを駆け抜けた亘理くんが俺らに向かってバトンを高々と掲げた。今は学年ごとのリレーメンバーしか居ないが本番ともなれば結構盛り上がるんだろうな。

 そんなことを考えていると、亘理くんが戻ってきた。

 彼はサッカー部の部員で、俺らとも話をする仲ってこともあり割と相性は良かった。


「おつかれいっ!」


 悠里の掛け声で皆が手を上げる。

 例のごとく皆でハイタッチを交わした。


「いやあ、案外余裕だったな」

「うちら強くねっ!」

「皆が早いからだよ!」

「そんなこと無いって、亘理君も十分速かった」

「ありがとう」


 早く終わった俺らは、少し談笑をしつつ他チームがゴールし一息つくまでまつ。


 あれから一ヶ月……。


 長いような短いような一ヶ月だった。

 あの後、俺と実菜の間に会話はほとんど無かった。


 時々昼に一緒になるがどこか気まずくなって、どちらかが何かしら理由をつけて速く戻る。そんな日々が続いた。


 距離感が難しい、それが正直な俺の本音だ。

 いくら本格的に関係が終わったといえどもそれは俺と実菜にとってなだけの話で、そんなことはお構いなしに世界は回っているし、学校生活だってそんな俺らに気を払ってなんてくれない。 


 席替えをした席が隣になる可能性もあるし、選択の科目が同じなんて事もありえる。

 本当に難しいものだ。


 ふわっと生暖かい風が、俺の髪を揺らした。


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