第26話 夏の風が連れてきた。


 部屋に寝転がる。


「はぁぁあ、なんか余計に驚きが増したな……」


 ただ、父親の含蓄ある言葉のおかげで、何故だか心が軽くなったのもまた事実。

 一回程度の別れで、そこまでうじうじ考え込む必要はないのかもしれない。


 ただ、一回程度とは言ったものの正直俺の中で実菜との“もう一度がある”とは思えなかった。


 なんて言葉で説明したらいいのだろうか。


 ただ漠然としたようなものなのかもしれないが、俺の中であいつと上手くいくビジョンが見えなかった。


 不信……とでもいえばいいのだろうか。


 一度心の中に植え込まれた不信という名の芽は、徐々に徐々に芽が出始め、次第に大きなものになっていく。

 例えばもし仮に恋仲に戻ったとしても、一度された浮気のようなものが頭をよぎって上手く実菜との距離感が掴めなくなりそうになる。


 付き合ってるって、確かに辛いことも楽しいこともあるのかもしれない。でもそれは、そこに信頼関係のようなものがあるからその“恋人”って関係は成り立っているわけであって、そこに不信感のようなものを覚えてしまったらもう、そんな昔のような関係に戻るなんて無理なのかもしれない。


 だって、好きだった人を疑いながら関係を続けていくなんて、そんな寂しい話は無いだろう。


 それに、それは実菜にだって言えることだ。俺に疑われながら恋人関係を続けていくなんてそんな寂しい思いをさせるのは俺としても不本意だ。

 なら、もうそんな感情は持たないほうがいい。


「でもなあ、だからといったって……」


 そこで頭をよぎるのは悠里のことだった。

 正直、悠里は魅力的だと言われれば魅力的なのだ。それ自体は俺だってある程度の付き合いがあるんだ、知っている。


 もし俺が今悠里の問いかけに対してイエスと答えてしまったら…………彼女と別れてすぐに別な彼女を作っている自分に対して辟易に似た感情を覚えてしまう。


「はぁぁぁ、何か本当に頭の中がぐるぐるしてるなぁ」


 突然の別れに突然の告白、そんなことが自分の日常生活の中で起こるなんて思っても居なかった。


 何度も何度も悩んでも、答えなんて出ない。すっきりしない気持ちにもやもやっとしてしまう。

 

「散歩でもしようかな……」


 外の涼しい風を浴びれば少しは気持ちもすっきりするのかもしれない。

 少しでもすっきりした気持ちになったなら何かいい考えが浮かぶのかもしれない。


 瞳に映っている木目もくめの天井はその無愛想な模様を変化させることなく俺の気持ちを暗くさせる。

 

 昔から俺のことを見てくれたこの天井は俺に何も教えてくれない。


 俺はベッドから飛び起きると、クローゼットの中から夏らしい青いパーカーを取り出す。下は黒いラインジャージ。どうせ誰に会うわけでもないしこんな格好でいいだろう。


「ちょっと散歩してくるわっ!」


 遠くから父さんと母さんの「はーい」という声が聞こえてくる。

 もやもやした感情を抱えながら靴を履く。

 

 ドアを開けた瞬間、気圧差がぼぉっという音を奏でる。

 隙間から入ってくる新鮮な空気に気持ちのよさを感じ、それだけでも外に出てよかったかもしれないと感じさせてくれる。

 自然と風の吹く方向に自ら進んでいく。


「夏が終わっていくな」 


 寂しさにも似た感想が思わず口から漏れ出る。

 

「そうだね~」

「――――!?」


 後ろから鈴の音のような凛とした声が聞こえる。鈴を転がしたようなかわいらしい声音は悠里のものでも、実菜のものでもなかった。


「おひさ~駿!」

「…………え?!」


 懐かしさすら感じさせるその声の主は、小学生の頃からの知り合いのものだった。


「やっほ~! 帰ってきちゃった!」

 

 涼しい夏の風は懐かしき友を連れてきた。

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