第24話 実菜サイド ――だめっ。


 その瞬間を見た時、胸の中を引き裂かれるかのような思いで満たされた。当然といえば当然だったのかもしれない。だけどその瞬間が来るまで身構えてもいなかった。


 だからだろうか、その瞬間後ろからグサッて刺されるかのような突き刺す痛みに私の心が悲鳴を上げた。


「――だめっ……」


 別に声を上げたところで私の悲鳴はここに居る二人にしか届かない。だけどその気持ちを搾り出さずにはいられなかった。その痛みを声に出さなければ行き場の無い想いの刃が心を引き裂くかと思ったから。


 ボロボロボロボロ、涙が私の言うことを聞かずに流れ出る。止まれっ――止まれっ! 私はこの想いを……痛みを受け入れなければならない。


 あっ――と思った時にはバスのドアは無情にも私たち三人と駿たちの二人を引き裂いた。離れていく間際、赤い顔をした悠里が、悠里の唇が駿の唇との距離を零にした。重なり合った唇。悠里の赤い顔、それを見た時私は、もう二度と彼は私の元に戻ってこないことを悟った。


 いや、これ自体はこのとき悟った訳ではない。だけど私にもまだチャンスが少しでも残っていると思っていたし、何ならまだ利は私にあるとすら思っていた。


 おごっていた。食事前、悠里の宣戦布告を聞いた時、「まだ負けるわけることは無い」なんて少なからず思っていた。


 彼女にそんな行動力はないと……。


 だってそんな行動力を持っていたのならばもっと早く何かしらの行動があってもおかしくないと思っていた。


 じゃあ、これはなんだ。


 私の目の前を、バスの窓枠という小さなスクリーンに流れる、恋する乙女と自分の想い人が見せるラブロマンスを私はどのように受け止めればいい。

 一度流れ出した私の後悔の涙は、止まることなくボロボロ溢れ出す。


 悪いのは私だ……。


 そんなの分かっている。だけど、私の傍からひとたびあなたが離れていったら。私よりももっともっと魅力のある人たちに目を奪われると思ったから。だからあなたに少しでも私のことを手放したくないという気持ちを芽生えさせたかった。


 だけど、行き過ぎた私の行動はそんな彼の未練を引き出すどころか、その未練を感じさせることも無いまま私と彼の細い細い繋がりを断ち切ってしまった。

 その時からこうなることなんて予想がついていたはずなのに……。


「なんでっ……」


 溢れる後悔。


「なんでなのっ……」


 止まらぬ涙。


「駿っ……行かないでよぉっ……」


 身勝手な想いが、漏れ出る。

 溢れ出た涙の数だけ出てくる後悔の言葉。こんなに後悔するのであれば、なんで私は自ら駿との絆を切ってしまったのだ。



 

「大丈夫か実菜」


 止まらぬ嗚咽に心配になったのか正樹が声をかけてくる。


「大……丈夫」

「女の大丈夫は大丈夫じゃねえってことだろ」


 今の私を見て大丈夫だなんて思う人は居ないか……。


「ごめっ……ん。大丈夫じゃっ……ない」

「そんなん見てればわかるっつーの、なら最初から強がんな」


 正樹はいつもの調子で私に接してくれているが、その隣の美織さんはというと、思いつめたかのような顔を見せ俯いている。


 薄々感づいていたけれど彼女もまた彼女で駿に気持ちがあったようで、私と同じように駿と悠里のやり取りを見て衝撃を受けたようだ。


「おい、美織も大丈夫か」

「……ごめん、今はちょっときついかな……」


 それはそうかもしれない。私が私でショックを受けたように、彼女にとってもまたショックな出来事だ。それに加えて彼女と悠里は一年の頃から仲の良いタッグだ。それ故に自分の想い人と自分の親友とも言える友人の想い人が同じだけでなく、そのキスの瞬間までもを目撃したともなればその衝撃は少なくない。


「はあ、もうなんてタイミングだよ」


 正樹は呟く。

 これは多分三人が三人思いは違えど同じ感想を持っているんじゃないだろうか。


 私にとっては別れてすぐのこのタイミングで元彼氏と友達のキスの現場を見てしまう。


 正樹の気持ちは分からないけれど、ただでさえ暗くなっていた皆のムードをさらに暗くさせるタイミングであったこと。美織にとっては自分が積極的になり始めたこのタイミングで好きな人のキスの目撃。


 本当になんてタイミングなのだろう。

 恋愛なんてものは奪うか奪われるかだ。それに関していえば誰の決心もついていない中で動き出した悠里がすごかっただけ。


 そんなの分かっている。分かってはいるけれどもやもやしたこの気持ちは拭い去れないままだ。


 だけど、そんな私達の気持ちなんて知らないまま私達を乗せたバスはゆったりと何事も無かったように私達が乗ってきたバス停まで送っていくのだ。

 最初と最後で、まったく違う気持ちを抱えた私達を乗せて――。


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