第17話 実菜サイド 風に乗って


 駿と正樹の勝負のために舞台はバッティングセンターの設備があるエリアに移動した。


 よく漫画とかで男女がバッティングセンターに行くようなシーンがあるけれど私と駿との間にそれらしいイベントはなかったと言える。

 何でそんなところに行くのかな……と疑問に思うこともあったけれどなんとなく今日、その理由のようなものに気づけたような気がする。


 その理由は単純明快で。彼氏のかっこいいところを見たかったから……なのでしょうね。


 一歩間違えば、彼氏のかっこ悪いところを見てしまうことになるわけではあるもののそれに関してだけ言えば、加賀美駿という男子はまず間違いなく前者の男子である。

 なぜならば、私にとって彼に恋した理由こそ“運動している彼が格好よかった”からだ。

 そして、この時駿が久しぶりに、集中しているときに漏らす音を聞いた。

 その瞬間私は、あの日の出来事が脳裏に甦った――――。





 中学一年の春の終わり。

 その日、私は初めて彼と出会った。

 正直この時は年頃の女子で、恋に恋していた。そのこともあって最初は駿のことが好きだったというよりも駿のことをかっこいいと思う自分に酔っていたという表現に近いんじゃないだろうか。

 だから、本当の意味で彼のことを好きになったのはもう少し後なのだと思う。

 

「ふっ――!」


 その声を風が運んできた。

 いや、声というよりも音というか……とにかく、普段ならば気にも留めないほどの小さな音が、夕暮れ時の帰り道、グラウンドの横を通りがかった私の耳に入ってきた。


 それをきっと運命と呼ぶのかもしれない……などとその時の私は素直に思ってしまった。結果その自分の中で決めた運命を後々自分で壊すことになるのだから笑えない話だけど……。


 そんな私の後悔はさておき、その日の私はふと聞こえたその声の主がなぜか気になって、グラウンドの中に入っていく。

 


「ふっ――」


 溜め込んだ息を一瞬で吐き出すと、そのまま視線を低くし助走を始めた。


 ポンポンとステップを刻んで一気にスピードに乗る。数十メートルの助走の最後、踏み切り板を踏み込み大きく跳躍。


 滞空時間の長さに驚いた。まるで宙を駆けているかのようなその姿、まるで今だけは重力がなくなったかのようなその跳んでいる姿が夕陽に照らされて、とても格好良く映った。


 長い滞空時間を終え、かかとから砂場に落ちていく。跳ね上げられた砂の一粒一粒が夕日に照らされ、プリズムのようにきらきらと太陽の光を反射させる。


「まぁ、こんなもんか……」


 小さく声が聞こえ、初めて彼の声を聞いた。

 まだ声変わりのしていない、高いような、だけど男の子だと思わせる声が私の耳にすぅっと入り込んでくる。


 硬直したように動けなかった、否、見惚れていた私の目が彼の目と重なる。 


「あれ?」


 先ほどまで周囲に誰も居なかったせいか、突然私が現れて驚いた様子だった。


「ごめん、なんか声が聞こえちゃって」

「ああ、そうなんだ」

「それで気になってきちゃった」

「大したもの見せられなくてごめん」


 苦笑いのようなものを浮かべ、私の目を見つめる。

 私は普段であれば緊張で何も言えなくなってしまうけど、先ほどの彼の跳躍に胸躍っていたせいか、興奮のようなもので言葉を繋いでいた。


「名前、なんていうの?」

「駿、加賀美駿、そのバッジを見るに君も一年生だよね」

「うん。私は隅島実菜」


 すべての中学に当てはまるのか分からないけど、私達の中学は胸ポケットのところに学年とクラスが書かれたバッジをつける。だから私のことも、もちろん彼の所属するクラスも分かってしまう。


 とにもかくにも、この日私がこのグラウンドに訪れたことが、このあと私と駿との間に恋人という関係を作る大きなきっかけとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る