第10話 四年分の荷物


「おはよ美織みおり、集合時間前で偉いな」

「それ、私より早くに来てる駿君が言う?」


 俺の発言に思わず笑ってしまう。

 黒のキュロットスカートに白のTシャツ、その上から薄めの黒のカーディガンといった夏っぽさ感じさせるコーデだ。正直かなりいい。


 実菜みなは実菜で清楚という印象を感じさせ、それとは対照的に美織からは女の子っぽさも感じさせつつ活発さのようなものを感じさせる。

 ワンピースの実菜はそのスカートの下から少しだけ見える足首がその見えない部分を想像させて、どこかもう少し! というような気持ちにさせられる。何よりワンピースは風に揺られるという演出もあるから強い……。


 それに対し、美織のスカートより下に惜し気もなく晒されている生足。運動部ということもあって引き締まっているだけでなくふにふにと柔らかそうな印象を感じさせるその足に思わず目を奪われる。


「今日はよろしくね実菜ちゃん」


 俺の隣に腰掛け、いつもよりほんのわずかに自信をうかがわせるような自然な笑顔で実菜にそういった。


「ええ……よろしく」

「それにしてもそろそろ五分前なわけだけど結局五分前行動が出来るのはこの三人な訳か」

「そうだね!」

「ったくあいつらは~」


 ほんのりと柑橘系の匂いが自分の隣から香ってくる。香水だろうか?


「でも、その中でもしっかりこうして時間前に来てる駿君は評価高いと思うなぁ? ねっ! 実菜ちゃん!」

「そうね……やっぱり時間前に来ているって事はそれだけ楽しみにしてくれているって感じられるし、なにより安心感もある。でも今日は私の方が早かったけどね?」

「まぁ、今日はな」


 ここぞとばかりにマウントを取ってくるなこいつ……たかだか一回早かったくらいな癖して……!


「そう言えば、二人のデートのときってどっちが早く来てたの~?」


 おいっ! こいつなんて事を言うんだ! 

 ここぞとばかりに地雷原を突き進んでいく美織に待ったをかけたいが、正直その発言をした瞬間の実菜の悔しそうな表情を見られたことが少しだけスカッとした。

 よくやった美織!

 見事な手の平返しだと思う。


別れたけれど、付き合っていたときはいつも駿が先に来てくれていたわ……」


 ドクン、そう心臓が脈打つ。


 初めてこいつの口からしっかりとした言葉で俺らの関係が終わったということを告げられた気がした。それだけこいつの中では「別れた」「関係が終わった」ということに対して未練のようなものはなく、気持ちの整理がついているような心の余裕のようなものを感じる。


 なんだろう、苛立ちなのか分からないけれどすごくもやっとしたものが心の中であふれる。


 俺にとって四年という時間はかなり長い時間で、沢山の思い出のようなもので溢れかえっている。

 部屋の中に四年分の荷物が置いてあって、それを片付けるのに途方も無い時間がかかるのと同じように、俺にとってその四年分の思い出という名の荷物はそう簡単に整理できない。


 取捨選択の難しさや、選択することの惜しさのようなもので今も尚苦しめられている中、彼女はあっさりとした口調でそう言い切ったのだ。まるでそれだと俺だけが未練に縛られているようじゃないか……。


 それが今俺の中で芽生えた感情だった。



「別れたの!? じゃあ、もう二人は恋人じゃないんだ……」

 


 なぜだろう。その言葉の中に純粋な驚きも、純粋な落ち込みのようなものもどちらも感じられなかった。


「ええ、そうなの……だからこれ以上は……」

「うん、ごめんね。ありがとうわざわざ教えてくれて」


 そんなやり取りを交わしている中で、俺の隣にいる美織はほんの拳一個分俺との距離をつめた。先ほどまで感じていた柑橘系の匂いがより強く感じられる。

 思いがけず美織を見つめるが当の本人は何も気づいていない様子で「ん?」と小首を傾げた。どうやら本人は気づいていないらしい。なんともやきもきさせられる展開だ。


 だけど、さっきまで何事もなかったような態度をしていたはずの実菜の顔が僅かにゆがむ。

 俺からは、俺ら二人を真正面から見つめる実菜の目が勘違いかもしれないが、少しだけ……本当に少しだけ潤んでいるように見えた……。

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