暇人
七山月子
○
暇人
お茶でもどうですか。
昨夜から隣に居る男性に声をかけた。
昨夜からずっと彼は俯いて暇そうにしていたので、声をかけたのだった。
私がその喫茶店にいつからか居座っていたのは彼にしてみれば些細な時間だったろうか。
頷いた彼が手を伸ばしたので温かいダージリンと角砂糖を渡した。
「ぼくは、まるでこの世界に希望を持たない」
途切れてしまったまま中途半端に浮かんだその言葉に、私も曖昧に珈琲を喉に滑らせた。
ガラス窓の外側は行ったり来たり人の足が忙しない。東京は冬を越えて春を呼ぼうとしている。
ため息が重なるように私と彼は見つめあった。
なにはともあれ、良かった。
そういう風に言い合おうとしたのかもしれなかったが、ついぞそんな言葉は出ないままにお互いはまた口をつぐんで下を向いた。
何かあれば、いいんですけどね。
言い残して席を立った。
お気に入りの音楽なんかをイヤホンに流し込んでその代わりに東京の音を消した。
目を瞑ってしまえば、孤独に浸れそうだと思った。でも人にぶつからないよう真っ直ぐ歩くために目をほんの少し開けた。
そのうち身についたのは足元さえ視界に入れば避けることが可能になったことばかり。
とんでもない晴天にまだ肌寒い風が吹く。
彼は喫茶店でまだ暇そうにしているだろうか。言い残したなんでもない私の言葉は届くことがあったろうか。
希望がないこんな世界で、暇そうにしている。
明日が来ることを信じている私たちに、終わりをどうかほしいままにさせてほしい。
暇人 七山月子 @ru_1235789
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