第45話 《泡沫水鞠》

 なぜマーシャがこんなところで襲われているのかはこの際、頭の片隅に置いておこう。

 今はマーシャを助けるのが先決だ。

 こんなときこそ《泡沫水鞠(うたかたみずまり)》を大いに活かすチャンスだな。


 マーシャとの距離は少し離れているが、走る速度を考えるならば、もう詠唱するぐらいがちょうどいいように思える。

 それにしてもマーシャのやつ足が速いな。

 移動速度が上がるスキルでも持っているのか?

 そう思っても仕方ないぐらいの速さだ。

 なにせマーシャはDランクもグリズリーを倒す実力はないものの、Cランクの魔物達からこうして逃げているのだから。

 まぁいい。

 とにかく助けてやろう。


「《泡沫水鞠(うたかたみずまり)》」


 詠唱を始めると、魔法陣が展開される。

 それにマーシャは気付き、進行方向をこちらに変えた。


「どなたか助けてくださあああああああいっっっ!!!!!


 マーシャが大声で叫びながら向かってくる。


 なに、今すぐに助けてやるさ。

 もう4秒が経過したんだからな。

 《泡沫水鞠(うたかたみずまり)》が発動する。


 魔物の群れの上空に大きな泡がいくつも発生。

 ダンジョンの中とは思えない幻想的な光景だ。

 魔物達はそれを目撃すると、急にマーシャを追うのをやめて逃げ出した。

 本能的にこの泡が危険だということを理解しているのだろうか。


 しかし、泡はゆらゆらと降下していく。

 降下のスピードは遅くなく、範囲が広大なため魔物達は泡から逃れることができない。

 そして、泡が魔物に直撃した。


 パンッ! パパパパンッ!


 泡がはじけて、魔物達に襲いかかった。

 いくつもの泡が連鎖するようにはじけている。

 ダメージも蓄積して与えているように思える。


「「「ガアアアアアアアッッッ!!!!!!」」」


 魔物達の断末魔がダンジョン内に響き渡った。

 マーシャは不思議そうに後ろを振り返った。


「エーーーッ!?!?!?  魔物達が一瞬で倒されてるうううぅぅぅぅっ!?!?!? た、助かったあああああっ!」


 マーシャは涙を滝のように流しながら、その場で飛び跳ねた。

 見るからに喜んでいる様子だった。



『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが135上がりました』


『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが72上がりました』


『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが42上がりました』


『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが34上がりました』


『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが20上がりました』


『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが12上がりました』


『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが10上がりました』


『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが9上がりました』


『自身よりも強い敵を倒したため、経験値が加算されました』


『レベルが7上がりました』



 おお!

 めちゃくちゃレベルが上がったじゃないか!

 やっぱり、レベル差の開いた敵を一撃で何体も倒すのはたまらねえな。


 ステータスを開いて、何レベルになったかを確認する。

 ふむ……351レベルか。

 現在4階層で敵の平均レベルが大体480であることを考えると、まずまずなレベルアップだ。

 それに《泡沫水鞠(うたかたみずまり)》で消費した以上のレベルをたった一瞬で稼いでしまった。

 これはマーシャに感謝しなければいけないな。


「あの! 助けてくれてありがとうございます! おかげで生き延びることができたっす!」


 どうやらマーシャは俺たちにまだ気付いていないらしい。

 高台の上はちょうど影になっていて、暗くてあまり顔が見えないのだろう。


「ソニア、降りれるか?」

「お、降りれます!」


 恥ずかしそうにソニアは言った。

 ……あぁ、さっき高台に行くためにソニアを抱いたせいか。

 それをソニアは思い出したのだろう。


「さっきの悪かったな。気を悪くしたか?」

「い、いえ! 全然! ……ふぅ、それではマーシャさんの前に行きましょうか」

「おう。なんでこんなところにいるのかも気になるしな」


 スッ、と俺たちは高台から降りてマーシャと合流した。


「あれっ? もしかして助けてくれたのはロアさんとソニアさんでしたか?」

「その通り。また会ったな」

「お久しぶりですね、マーシャさん」

「いやぁ、お久しぶりっす! 二度も助けてもらうことになるとは何か運命を感じるっすね! 本当にありがとうございます!」

「いやいや、こちらこそありがとな」

「……? どうしてロアさんが感謝してるっすか?」

「マーシャのおかげで沢山の魔物を倒すことができたからだ」

「なるほど、それではお互いに得したわけっすね! めでたいっす!」

「うむ。ところでマーシャはどうしてダンジョンの中にいるんだ? マーシャは冒険者じゃなくて行商人だろ?」

「……ちょっと商売に失敗しちゃってお金がなくなってしまったっす」

「ほうほう。それでダンジョンでお金を稼ごうってことか?」

「私、【俊速】というユニークスキル持ってまして、それを活かして冒険者のお供をする運び屋という仕事をしていたっす。でも冒険者達とはぐれちゃって、先ほどのような有様に……」

「なるほど、あの足の速さはユニークスキルが影響しているわけか。でも、はぐれたなら[転移石]を使えばよかったんじゃないか?」

「ケチって用意しなかったっす……。まさかこんなことになるとは……」


 あぁ……なるほど。

 俺はマーシャが商売に失敗した理由が少し分かったような気がした。

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