あとがき(北見康子)
おめでとう。
毎日よく頑張ったね。
私が田上君に会ったのは三年ぐらい前で、病院の一室だったね。私はその病院に文書教室の講師を、ボランティアで指導に行っていた時だったね。最初に会った私に彼は「自分史を書きにきました」と言った。
そして文章の書いてある五、六枚の原稿用紙を私に手渡した。その時ふと思った。この人は書くことが好きで相当な自信を持っていて、早く見せたがっている。
私は原稿にその場で目を通した。その時彼は私の褒め言葉を待っていた。だが私とすれば、他人に読んでいただくという、文章ではないと思った。
本来ならば、もっともっと文章に磨きを掛けてから書くべきだと思ったが、今私がここで拒否をして辞めさせることは出来ないと思った。もうすでに書き上げた何十枚かの原稿を手に持っているし、私が許可しているのに途中で打ち切ることになったら、彼はどうなるだろうか。
しかし私にも事情がある。
病院で皆さんに文書の書き方を教えて一〇年近くになることと、八〇才を過ぎてからは腰痛に悩まされて、病院へ来る途中の坂道を越えるのが大変になってきているし、ちょうど生徒さんが減ったことだった。やめるタイミングがそろってきたと思った。
しかし、今ここで私が彼の書くことを拒否すれば、彼の一生はどうなるだろうか。また精神的に異常をきたすのではないだろうか。
そう考えた時、私は彼に言った。
「文章の書き方は教えるけど、題材は自分で考えなさい」と。
でも近いうちに私は病院を辞める。辞める時は彼が望むならば、私が洋光台でやっている外郎会(私の文章教室の名前)に入れようと思った。
そして月日が流れて私が病院を辞める日がきた。その時彼は言った。「先生、僕を先生の外郎会に入れて下さい」と。彼は今は外郎会で頑張っています。
彼は自分なりに書くことには自信を持っているが、質より量に走りがちなので、その点を注意するように言っている。
この自分史は彼は毎日書いたと思う。生き別れの母親に会いに行った所などは、感動的です。初めてのことなので、読者には意味不明な点があると思いますが、懸命に書いたその努力は、認めてほしい。
一人でも多くの人に読んでいただけたら嬉しいね、田上君。
北見康子
精神障害者の自分史〜児童虐待の後遺症・新宗教二世・アスペルガー〜 田上 光 @tagamimitsuru
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