第35話 ハートのイヤリング

最近の人事異動で私は総務課へ配属となった

最初に希望した内勤職だ

入社当時はあんなに嫌だった接客業も

最近では板についてきて

愛着もわいてきていたから

少し残念に思う


販売員としては年齢が上の方で

同僚たちは年下ばかりになっていたけど

こちらでは

まだまだ若手

新しい環境に早くなれるためにも

進んで頭だけでなく体を動かし働く

だから非常に疲れてしまって


最近では栞とは会えていない


栞の方も

やはり忙しくて

”会いたい”

”会えないの?”

なんて甘い言葉をかけてくれるわけではなく

メールや電話もほとんどない状態だった


そんな事を言われたら

きっと大変で

面倒に思ってしまいそうだけど

勝手なもので

そんな状況をふと思うと

不満に感じたりもする


久しぶりに何もない連休の初日

栞にメール


”今夜、いっても良い?”


朝は忙しい

やはりメールの返信は無い


ゴロゴロしながらしばらく待つ


せかしてはいけない


そう思うけど

スマホを何度も見て何もない状況にイライラする


お昼過ぎ

やっと返信が来た


”今日は遅くなるけど来てていいよ”


遅くなるんだ・・・

早く会いたかったから残念


だけど

そんな風にメールすると栞は困ってしまうかもしれないから

無難に


”了解!!部屋で待ってるね”


とだけ返信した


夕方ごろ

スーパーで食材を買い込んで栞の部屋へ

実は

今夜、栞の好きなハンバーグ作ろう

と張り切っている

買ったばかりの料理の本からとったメモ片手にお買い物


合鍵で先に部屋に入る


遅くなるって言ってたし

先に掃除でもしようかな


そう思って来たのに

綺麗に片付いた部屋


栞って几帳面なところあるからね・・・


少し尊敬


忙しくても

そうやって生活をしっかりしているところが大人っぽく感じる


じゃ、料理しよう


私は気合を入れて

エプロンをして料理本を開く


手順通り

慎重に進める


まるで理科の実験みたい


結構な時間をかけて作ったのは

若干、見た目が悪いハンバーグとコーンサラダ

もちろん

サラダは切って乗せただけ


だけど

私にしては上出来だった


時計を見るともう20時


学校で何かあったのかな?

子供相手の仕事だから

色々あるんだろうな・・・


子供って言っても女子高生だよね・・・


世の中の男性は若い女の子が好きで

特に女子高生にやたら興味を持っている人が多くて

職場でも

いい大人が

通勤中で見かけた

どこの制服の子が可愛いとか

言って盛り上がっていたりするし


栞もドキドキするのかな?

栞も若い子好きなのかな?


そんな事考えると

大人げなく嫉妬したりしてしまいそうで

”ダメダメ”

と頭を横に振って

考えを無理やりかき消す


そうだ

お風呂入ろう


洗面所い行く

鏡の前に立って小物の入った棚を見る

綿棒の入ったケースの後ろ

私の化粧落としの洗顔の後ろに隠れるように置いてあったのは

小さなハートのチャームが付いたゴールドのイヤリング?


イヤリング?


目を疑う

どうみても女性もの


私はピアスだから

これは間違えなく違う人のものだ


顔が青ざめる


嫌な想像をしてしまう

私たち・・・いつから会ってなかったけ?

一ヵ月以上は会ってない

だけど

だからって

浮気?

そんな人じゃない

そう信じたい

だけど

これは何?


友達のものかもしれない

異性の友達がいたとしても責めるような子供っぽいことは言いたくない


だけど

洗面所でイヤリングをはずすって何?

化粧落としの後ろにあるってことは

化粧を落とすときに洗顔を取り出して

そこに置かないと

置けない場所だよね


友達が化粧落とす?

イヤリング取る意味は?


どんな状況だったら

そうなるの?


どう考えても

私の粗末な思考では

色っぽい想像しか浮かばない


トラウマ的な

むかしの事を思い出す


栞が私の部屋に来ていたころ

彼が高校生のころ


私が忙しくて

栞が気を使って会わないようって言ってくれた時

同級生の女の子と

イチャイチャしているのを

偶然、街で見かけたよね・・・


それで

私、心が折れちゃったんだよね


ジェネレーションギャップみたいなもの感じてしまって


洗面所にしゃがみ込む

動悸がする


これは

まともには受け止められない

少なくとも今は・・・


そんな時

玄関のドアが閉まる音


「ただいま」栞


どうしよう

今日、この状況で話したくない

彼を責めてしまう

状況証拠だけを握りしめて感情的に・・・

そんな子供じみたことはできない


栞の声に慌てて涙をふく

立ち上がって鏡を見るけど

マスカラが涙の痕を残す


こんなことくらいで

なんで泣いてるんだろう…


水で軽く濡らしたティッシュでふくけど

手が震えて上手く行かない

そうしているうちに

栞がこちらに来る


私のその様子を見て

柔らかい表情から直ぐに顔色を変える


「悠ちゃん・・・どうしたの?

泣いてるの?」栞


心配そうに私の顔を覗き込む


私は視線だけでなく顔をそむけて

逃げるようにリビングへ


栞は私を追うようについてくる


「今日は体調がすぐれないから帰るね」悠


「いや、おかしいでしょ?」栞


明らかな涙声に栞は問いかける

鞄をとって玄関に・・・


私はドタバタと靴をはいてドアノブに手をかける

栞はその手を抑えるように握って


「どうしたの?

なんかあった?」栞


顔は見れないけど

少し面倒くさいような声に聞こえた


そうよね

いい年齢して

こんなことくらいで

こんなに動揺して

泣いちゃうなんて

未熟だよね


涼太だって言ってた

”栞はモテるから・・・”

って


舞い上がっていた

私にとて特別だったように

彼にとってもこの恋は特別だと思っていた


勝手に激しく傷ついて・・・大人げない

ばかみたい


そう思うと

鼓動がゆっくりとおさまった


小さくため息をつくように深呼吸して

右手で涙の痕をぬぐい顔を上げ栞の方を見る


「本当に・・・本当に体調が悪いだけだから

風邪かもだからうつしたくないし

今日は帰る」悠


真っすぐに栞の目を見て言えた

栞はしばらく固まったように私の顔を見ていたけど

そんな私の言葉を受け入れて

無言でうなずいた


ゆっくり握っていた手を離した


私はドアを開け


「じゃ」悠


手短な挨拶をして部屋を出て行った


タクシーには乗らなかった

全く関係のない他人すら会いたくなかった

風にあたりながら

空を見ながら

夜道を一人歩いて帰った

ふと強く握っていた右手を開くと


ハートのイヤリング


月明かりに光って綺麗・・・


思い切り振りかぶって遠く遠くへ投げて

捨ててしまいたかったけど

冷静に考えるためにもそうすることは今はしないでおくことにした

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