第1話 伝説の名家(一夫多妻制度)

わたしは、珠里といいます。

いわゆる琴の奏でる曲、

箏曲を奏で、教えることを仕事にして生きてきました。

わたしが個人教授をつとめていた、

あの名門樫山家のことを聞きたい

という方が、

最近よく訪ねてきます。

今は没落して見るかげも無くなってしまいましたね。

それにもかかわらず、数年ごとには新しい奇妙で

不気味な噂が生まれて人々の口の端に上りつづけるあの名門の樫山家…

酷い亡くなり方をした夫人の霊が出る、

離れの館…

密かに産み落とされた、不義の赤ん坊が殺される声が聞こえる大きな蔵…

秘密を知った下女が生き埋めにされた井戸に、

夜な夜な出る鬼火……

まるで都市伝説というもののようです。


わたしは随分あの家にお世話になりました。だから、

あの世からお迎えが来る前に旦那様や大奥様、そして何人もの奥様たちや

あの家に関わった人々の話…

本当の話をきちんとまとめておいた方がいいという気持ちになりましてね。

毎日少しずつですが、机に向かうことにしました。

書いたものはまとめて、友人のお孫さんが分かりやすいように

並べ替えたりしてくれるそうです。

それなら、こんなおばあちゃんにも出来るんではないかと思いましてね。

やってみようと思ったのです。


あの頃は、本当に、わたしにとって良いことがたくさんあった

素晴らしい月日だったのですよ。

わたしは結局結婚もせず、

生涯箏曲一筋で暮らしてきましたけれど、

十分なお給金を頂いて、

今では良い家を持って暮らせていますしね。

それになにより、樫山家で過ごした日々は

まるで昨日のことのように

次々と鮮明に思い出されて…

きっと樫山家の繁栄と没落を知りたいという人たちに

詳しく書き残していくことができると思うのです。


さあ、では

あの頃の話を少しずつ、話していきましょう。



明治時代。日本。とある地方都市。

○○県で最も栄えている都市に、樫山家がありました。

代々県政のみならず国政にも強い影響力を持つと言われ、

地位も名誉もある非常に裕福な一族でした。

その当時の当主は、樫山栄秀。

弱冠23歳で、

樫山家を継ぎ、美しい妻を娶り、およそ人の望むものは全て手中に収めていると町中の噂になる若いあるじでした。

しかも栄秀は、

樫山家に生まれただけでも「金の匙」をくわえた赤子だというのに、

地位名誉財産のほかに素晴らしい美貌も兼ね備えていました。

他県の名家から選びに選んだ

真壁という一族から、

玲子という教養ある美貌の妻を迎え、あとは子供をもうけるだけ、

というこの世の春を謳歌していたのです。


子供、そう、当時、この地方では独特の文化が栄えていました。

名家の当主は正妻以外に

第○夫人という名で、複数の妻をもつことが可能だったのですよ。

だから、玲子が産まなければ、

第二夫人第三夫人、または妾が産みさえすればよかったのです……

子供は多ければ多いほど良いですからね。


ところが、わたしが樫山家と偶然によって縁で結ばれたとき、

樫山玲子(わたしは大奥様と呼び慕い続けてきました)が嫁いで5年が経ち、

夫婦に子供はひとりもおらず、樫山家には第二夫人の照美と第三夫人の安恵が暮らしていたのでした。



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