怪盗レヴィアンと月の王女様
かめさん
第1話 あと7日
あるところに、小さな国がありました。とても豊かな国で、皆が幸せに暮らしていました。
なぜそんなにも豊かなのかというと、石炭や石油の代わりに星の力を使っていたからです。この国では、車を動かすのも、部屋を暖めるのも、ベッドの側にある灯りをつけるのでさえ、星の力に頼っていました。
星の力を使うには、当然星のことを知らなくてはなりません。国のあちらこちらに天文台が建てられ、日夜沢山の人が星について調べていました。どんな星があるのか、どのように星ができるのか、国中に降り注ぐ星の光を、どうやって集めるのか、集めた力を効率的に使うにはどうしたら良いのか……。豊かな暮らしは、研究の賜物なのです。国にとって天文台は重要な施設でした。
ここのところ、そんな恵まれた国を悩ませる人がいました。怪盗レヴィアンです。
犯行手順は物語に出てくる怪盗と同じです。まず、予告状が警察の元に届きます。そして、警官達が予告状に書かれているところへ駆けつけ、ある人々は宝物を見張り、別の人々はレヴィアンを捉えようと探し回っている内に……気がついた頃には、レヴィアンの勝ち誇った笑い声が響き渡っています。そう、予告状通り宝物が無くなっているのです!
しかし、レヴィアンは少し変わった怪盗でした。普通怪盗は宝石や絵画を盗むものですが、レヴィアンが何を盗もうとしているのか、一般の人々にはさっぱり分からないのです。
〈博物館に忍び込んだ怪盗レヴィアン またも取り逃がす!〉
というニュースは度々流れるのです。けれども何が盗まれたのかまでは教えてくれないのです。ある人が警察に問い合わせたところ、
「ともすると我々の生活を揺るがす重大な物が盗まれました」
と機械的に言われただけで、詳しいことは何も教えてもらえなかったそうです。
もう1つ不思議なところ、それは度々天文台に忍び込んでいるということです。確かに天文台は重要な研究施設です。高価な物もあるかもしれません。しかし、天文台を狙う怪盗というのは、ほとんど聞いたことがありません。
レヴィアンは何者なのか、目的は何か、人々は気になって気になって仕方ありません。
ある日、また予告状が警察の元へ届きました。
〈七日後の夜、月の天文台でお待ちしています――怪盗レヴィアン〉
と書かれた1枚のカードが。
* * *
月の天文台は、国の中心地にある一番大きな天文台でした。なぜ、星を見るための天文台なのに、「月の天文台」なのでしょう? 国民は大層不思議に思いましたが、聞く人はいなかったそうです。
先程も申し上げた通り、国にとって大切なところにレヴィアンが現れるというのですから、大騒ぎです。もちろん、すぐに警備を強化しました。天文台の周りを警官が見張り、天文台の研究員は建物の入り口で証明書を見せ、持ち物検査を受けてからでないと入れないという程の徹底ぶりです。
なぜそこまでするのでしょう? 実のところ、レヴィアンは変装がとても得意でした。何度あの変装に騙されてきたことか! 今回こそは、騙されるわけにいきません。警察の威信がかかっているのです。
天文台の中でも、警備は徹底していました。研究員に扮装した警官が研究室の中まで見回っているのです。おかげで偉い研究者が、
「君、ちょっとあの薬品を取ってくれんかね」
と指示を出したら実は警官だったという出来事が起こったそうです。お互いに、さぞ困った顔を浮かべていたことでしょう。
これで地上の警備は完璧です。しかし、レヴィアンは空から忍び込むことも大得意でした。空の警備もしなくてはなりません。警察の偉い人は、小型飛行機で見回ろうと考えていました。もちろん、星の力で動かしています。燃料を燃やす必要はありませんから、騒音で怒られることもありません。
しかし、ここは天文台です。天文台近辺を飛び回られては、空を観測できません。両者は話し合いの結果、予告の前日と当日のみ飛行機を出すことにしました。
そこが盲点でした。誰が予想できたでしょう。レヴィアンが予告の日の7日前、丁度予告状が送られてきたその日、天文台に不時着していたなんて。
* * *
空にかかった分厚い雲から、雫がこぼれ落ちてきました。
糸のような雨に降られたレヴィアンは空中でバランスを崩し、ある建物へ落ちていきます。
下手にぶつかったら大騒ぎ。レヴィアンは何か唱えると、すんでのところで体制を立て直し、ふわふわと柵の上に降り立ちます。ところが足を滑らせ、床の上へ落ちてしまいました。
レヴィアンが目を開けると、少女がのぞき込んでいました。白い肌、栗色の髪、細い腕、濃紺のドレス、何より目を引くのは、碧と青が混ざった瞳にうっすら浮かぶ金色の輪。八歳くらいでしょうか。少女は言葉を発することなくただレヴィアンを見つめています。
レヴィアンは慌てて白い燕尾服の泥を払い、少女の前に跪きました。
「おやおや、無様な姿を見せてしまったね。ところで、君はここで何をしていたんだい?」
手袋をした手をいきなり差し出され、少女は戸惑っていましたが、ややあってか細い声が零れ落ちました。
「ウサギを探していたの。今日は月が見えないから」
少女は、月にウサギが住んでいると信じていたのでした。
天文台の頂上には、大きな望遠鏡と星図があるだけの丸い部屋がありました。晴れの日は瞬く星々が360度見渡せますし、雨の日はドーム型の屋根が現れ、屋根の内側には、その日見えるはずの星々が全て書き込まれた立派な星図が眼前に広がるのです。
少女は、そんな観測部屋の片隅で月を見るのが好きでした。そしてこんな物語を描くのです。
――――月にはウサギが住んでいて、ウサギの国があります。草を編んで花で飾り付けられた宮殿には、真白で艶やかな毛並みをしたお姫様が暮らしていました。そう、月の王女様です。王女様は、宮殿の外へ出たことがありませんでした。
そんな王女様には、決して許されない大きな夢がありました。地球に行くことです。王女様は、真っ黄色な月に飽き飽きしていました。月の世界では、草も、花も、みんな真っ黄色なのです。王女様は、黄色い窓の向こうに見える、青い海、白い雲、茶色や緑色や灰色をした陸に憧れました。
王女様は、本当は月に居なければならないのです。でないと月中のウサギが寂しがってしまいます。
それでも王女様は、流れ星に、地球へ連れて行って欲しいと頼んでしまいました。少し見に行くだけなら、ほんの少しだけなら……そう思ったのです。
すると、不思議なことが起こりました。星々が集まって橋を作ったのです。王女様はそれを渡って地球へと辿り着きました。王女様は大喜び。空を飛び、雲に乗り、野を駆け回りました。世界中の王様や大とーりょーに招かれ、ご馳走を食べ、歌い、踊り、芝居を見ました。王女様は、毎日楽しい日々を過ごしたのです。
しかし、王女様は、段々月が恋しくなってきました。その様子を見た地球の人達は、王女様が帰らないようにするため、なんと、天文台に閉じ込めてしまったのです。王女様は、天文台の屋上で、流れ星に月へ返してくれるようお願いしてみました。けれども、地球の流れ星は早くて言うことを聞いてくれません。
――それでね、王女さまは月を眺めながら、今も流れ星を探しているの。でもね、ときどき、月が見えなくなっちゃうの。きっと、月のウサギたちが寂しくて泣いているんだわ。ウサギって寂しいと死んでしまうんでしょ。このまま、月が無くなっちゃったりしないかな」
少女は、突如話を始めたかと思うと、真剣な眼差しでレヴィアンに問いかけました。宝石のような瞳には、涙がにじんでいます。
レヴィアンは微笑むと、水晶のごとく澄み切った涙をぬぐってやりました。
「大丈夫。月は雲で隠れているだけさ。暫くしたらまた綺麗な月が出てくる。王女様はちゃんと月へ帰れるよ」
少女の顔が、開きかけた薔薇のように明るくなりました。
「ねえねえ、一緒にお菓子食べよ」
すっかり機嫌を直した少女は怪盗を引っ張って連れて行こうとしました。
「それはそれは光栄です」
怪盗は恭しくお辞儀をすると、少女のあとをついて行きました。丁度、別の足音が聞こえてきたところだったのです。
その日、レヴィアンは、少女のいる部屋で眠りました。部屋の外では警官が見張っていますし、なんとかして外に出られたとしても、また天文台に忍び込むのは難しいと考えたからです。
なにより、少女の部屋には不思議なことに、ほとんど人が訪ねてこないのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまでお付き合い下さりありがとうございます。少しでも楽しかった、続きが気になる、と思って下さった方は、フォロー、レビュー、コメント等を下さると、とても励みになります。
今の所、1日2話更新、4話構成になる予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます