72 抗議


「それって、私への、ってことですよね?」


「まあいくらかは関係してるな。かいつまんで言うぞ。女、特別扱いによる実習、飛び級、コネによる仕事の獲得。そのすべてが気に入らんという趣旨だ」


 いくらかどころではない。何もかも一希の話だ。頭がくらくらした。

 

「いわゆるやっかみってやつだ。事故被害者という理由で贔屓ひいきされてるように見えるらしい。気にするな。俺が行って話をすることになった」


――そんな……。


 新藤にとんだ迷惑をかけてしまう。


「先生、私が行きます」


「行って何をしゃべる?」


「それは……」


 特に案があるわけではない。お前の進んでいる道が気に入らないと言われて、返すべき言葉とは何だろう。


「やっぱり、何を言うよりしっかり実力をつけるのが一番ですよね」


 新藤の眉間がふとけわしくなる。


「冴島、その考え方には気を付けろ」


「えっ?」


「能力はそりゃ高い方がいい。だが、世間に自分を認めさせるためだとか、誰かを黙らせるために努力するってのは本末転倒だぞ」


「はい……そうですね。すみません」


「この世界もビジネスだから競争は当然ある。若手が目立とうとして躍起やっきになるのもわかる。ましてこんな風に苦情でも来りゃ、文句あるかと自分の力を振りかざしたくもなるだろう。しかしな。いいとこ見せよう、格好つけようなんて不純な気持ちがあれば、大事な判断を誤ることだってありうる」


「はい」


「あくまで、危ないから片付ける。これはそういう仕事だ」


 いつかの隆之介の言葉だ。やはり真理を突いている。


「能力は本来の任務にだけ、正しく使え」


「はい」


 本来の任務。それはすなわち、一希が一生をけると誓った使命だ。見失うわけにはいかない。


「でも、すみません、何だか先生を矢面やおもてに立たせるみたいで……」


「誤解のないように言っとくが、この抗議文は協会てだ。ただ、明らかに俺がやってきたことに関する不満が述べられてるから俺に連絡が来た。それだけなんだが、俺はどうせなら彼らの本音を聞いてみたくてな」


「本音?」


「ああ。抗議文の内容がすべてだとは思えん。今のお前の状況が気に入らない風ではあるが、お前に非がないのがわかりきってるからこそ協会に送ったんだろ。結局どうしたいのかを聞かないことには始まらん」


――なるほど……。


「しかし、名前入りでよこす辺り、なかなか見上げた根性じゃないか。彼らもそれだけ真剣なんだろう。非常に好感が持てる。いくらでも受けて立つさ」


 確かに、匿名で出されたら対処もしにくいし、陰で一方的に悪口を言われるのはもうたくさんだ。


 藁志ヶ谷わらしがや曽呉李そごりで、一希は一生分の非難を受けた。事実無根とは言い切れなかったが、いや、それだけに、七歳の少女にはこたえた。


「先生」


 新藤と目が合った。


 磨かなければいけない。この目に映る自分を。


「私も……抗議、してみようかと思います」


 新藤は一瞬の困惑の後、すぐに理解した。


「埜岩か」


「はい、あの見学の新人さんたち、結構問題だと思うんで……今お話を聞いてて、紙に書いて出すっていうの、いいかもなと思って」


「そうか」


「一度下書きしてみるんで、見ていただけますか? 本当に出すべきものかどうか」


「ああ」


「なんか、補助士になってからまでご迷惑かけっぱなしですみません」


 新藤の頬がわずかにくぼむ。


「迷惑なときは黙っちゃいないと言ったろ。心配するな」


 自分一人でたたかえないことは心苦しかったが、いつか新藤が言った「一人でできることなんてたかが知れてる」という事実を、一希は痛感してもいた。




 翌日、埜岩への抗議文の下書きを読んだ新藤は、一希の予想以上に憤慨ふんがいした。


 面と向かっては口にしにくい、若い研修兵たちの破廉恥はれんちな悪行。文字にしてみると、一希自身の中でもおぼろげだった不快感が明確になった。


 新藤からのアドバイスを受け、「業務に支障」、「危険」、「人命」といった文言も盛り込んだ。清書を済ませ、「より確実なルートで提出する」とけ合う新藤に封書を託す。




 協会に届いた例の抗議には、新藤が数日のうちに対処した。


 署名した六人は、初級、中級の補助士たち。一希と同様、訓練校での授業に不満を抱いていたくちだという。一希個人を責める意図はなく、漠然とした不平等感を訴えていた。


 新藤からは、やる気と知識とまともな感覚、それに行動力と礼儀が伴えば誰にでもチャンスはあるという話をしたらしい。それから、協会のルール上、性別にも飛び級にも何の問題もない旨。同業者同士で張り合うのは馬鹿げているし危険だという話も。


 彼らからもまた、不発弾処理界にはもっと徒弟とてい制度のようなものがあってもいいのでは、という要望が出て、これについては協会が現役処理士たちと意見交換をして状況改善を図ることになった。


「ありがとうございました、ご対応くださって」


「正式な形で異議を唱えてくるような連中は、最終的に良き理解者になることも多い。今回もお陰で建設的な議論ができて有意義だった」


 新藤は、ひと仕事終えてなお余裕の表情だ。


 新藤ほど力のある人物の庇護ひごを受けられるのは、疑いようもなく特権だった。一希だって逆の立場だったらねたんだに違いない。


 初の女性補助士というただでさえ不利な立場。そこにかつての事故被害者という特殊事情が加われば、周囲は攻撃の理由に事欠かないだろう。


 使えるものは使う、と割り切らなければとても生き残れない。菊乃に発破をかけられたこともあって、一希はようやくそう自覚しつつあった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る