51 実務見学


 古峨江こがえの桜が満開に咲き誇る頃、簡易書留で届いた合格通知を、一希はしみじみと何度も読み返した。


 市内の大学で行われた中級補助士試験で、一希のオルダ解体は試験官たちの称賛を浴びた。「さすがに手際がいいな」、「なんせ新藤君の直伝じきでんですからねえ」と彼らがしきりに感心するさまは、一希に優越感を味わわせた。


 ところが、一希から合格通知を見せられた当の新藤は、おめでとうでもなければお疲れ様でもなく、「よし」の一言。褒めてもらえるかと思っていた一希は少しがっかりした。


 世間からはそれなりに注目を浴び、女性初の補助士、しかも飛び級ということで、一希は地元紙の取材を受けた。


 その記事を見たのだろう。一希から連絡する前に、平岡がおめでとうと言ってきた。その電話でふと思い当たり、一希は技術訓練校の土橋にも報告を入れた。


 埜岩のいわ基地にも一応挨拶を、と思ったところで、作業服姿の新藤が通りかかった。


「ロプタが来てる。今からやっつけるところだが、見るか?」


「えっ、いいんですか?」


「法的にはもう何も問題ないだろ。何のために中級を取ったんだ?」


「あ、ありがとうございます。すぐ着替えてきます!」


 一希が作業服姿で処理室に入ると、新藤はまず一希に防爆衣を着せ、自分は壁に吊られた防爆衣の中に入っていく。一希もいずれはこの着用法を習得しなければならない。


「どこにいてもかまわんぞ」


「あ、はい」


 それぞれヘルメットを着け、うなずき合う。防爆ヘルメットは防音設計のため、話し声や小さな物音はほとんど聞こえなくなる。


 新藤は何の躊躇ちゅうちょもない様子で、本物の爆弾の解体を始めた。


――は、速っ……。


 決して急いでいるようには見えないのに、その動きには見事に無駄がない。工具の持ち換えも最小限。一希に教えた手順はあくまで基本形であり、新藤には自己流が存在するらしい。経験とかん賜物たまものだろう。




 新藤はロプタを三つ連続で解体し、そこで一旦ヘルメットを外した。一希もそれにならう。


「お前の居場所はどうやって決めた?」


「居場所?」


「どこにいてもいいと言ったろ。なぜその位置にしたんだ?」


「それは……遠すぎたらお手元がよく見えませんし、もちろん何もないとは思いますけど、万一不測の事態が起きたときにぱっと対応できる距離で、でも禁戒半径からは出ておいた方が予備要員としての安全が確保できると思いまして」


 禁戒半径とは、オルダの爆発時に防爆衣を着用していなかった場合、即死もしくは重傷に至る距離のことだ。一般的には二メートルだが、一希は念のため二メートル五十センチほど空けていた。


「ん。正解だ。お前の安全感覚はどうやら天性だな」


「えっ?」


「学校帰りに通って来てた頃、遠隔抜きのセットアップをさせたろ? というか実際にはやらせなかったが」


「ああ、そうでした。懐かしいですね」


「あの状況でやってみろと言われれば、普通はどうやってセットするかに気を取られる。だがお前は何がまずいかを全部一人で洗い出した。並の素人しろうとではそうはいかん」


「あ……え?」


「実技には期待してないとあのとき言ったろ」


「はい……」


「土橋が『口答え』と呼んでるものの正体を確かめたくてな」


「正体、ですか?」


「お前はそれを『純粋な不明点』と呼んだ」


「そう……ですね」


 新藤の記憶力の良さに改めて驚かされる。


「何かが引っかかる、基礎的な理論と矛盾する、筋が通らない。そういう事柄ことがらを不明点として瞬時に認識できるってのは才能だ」


「そう、なん、ですか?」


 一希は驚いて舌を噛みそうになった。


「与えられた状況を疑ってかかることは非常に大事だ。しかし、この疑う習慣ってやつを教えるのは難しい。もちろん訓練で改善は可能だが、基本的には持ってるか持ってないかだからな」


 あのテストにそんな意味があったなんて、一希は想像だにしていなかった。自分の呑み込みの悪さと「口答え」を、新藤はあくまで大目に見てくれているのだと思っていた。まさか長所として評価してくれているとは……。



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