50 サラナに挑む
一希の中級受験を前に、新藤は約束通り一希サイズの作業服を三着特注した。一希は自分でサイズを詰めた最初の一着には特別愛着があるが、補助士になったらさすがに一着では足りなくなる。
新しい作業服に着替え、一希は大机に待機した。そこへ新藤が現れる。
「始めるか」
「はい、お願いします」
新藤は、処理室から防爆衣を一着
一希はいつも通り新藤の助けを借りて防爆衣を身に着ける。上衣、靴と一体になった下衣、首から上をすっぽりと覆うヘルメットの三点セット。一見、宇宙服のような格好だ。
オルダの子爆弾専用に作られたものだから、犯罪に使われるような殺傷能力の高い爆弾を想定した防爆衣よりは大幅に軽いが、それでも合計重量は十キロを超える。
この重さと
これを着ていたからといって、爆発が起きても平気というわけではない。両手首から先は薄手の作業用手袋のみだから手指を失う可能性は高いし、防爆衣の中とて
デトンなど大型爆弾の場合はこんなものを着ていたところで大して役に立たないため、作業服のみで安全化を行う。
一希が上衣と下衣を着終えたところで、新藤が一言。
「自分のペースでいい。確実に仕上げろ」
「はい」
オルダの解体に限らず、練習は何でも本番だと思ってやれと新藤に言われ続けてきた。新藤自身も、模擬的な作業を一希に見せるときには、不活性であれ模型であれ本物の爆弾として扱っている。
一希は、机に置かれたサラナを見つめた。
〔サラナ/Çallannaは、短い円柱形を
自然と浮かんでくるのは、教本に書かれていた基本情報だ。
――よし。
ゆっくりと深呼吸し、一希はヘルメットを被った。実際には不活性だが、本番同様に鎮静化済みの活性爆弾と想定して扱う。
いざ、両手でサラナを持ち上げ、慎重に縦向きにする。手袋にも滑り止めが付いてはいるが、自分の手の感覚で両
〔外殻は一般に
左手で一方の円形カバー側をつかんで他方を机に押し付け、安定させる。
〔バネ仕掛けの円形カバーは外殻が開いた際に跳ね上がるよう設計され……〕
右手で極小レンチを取り上げ、投下時に機能しなかったと想定されるロックを解除する。
〔サラナの不発弾には、起爆状態になっていながら爆発に至らなかった事例と、そもそも外殻が開かなかった事例とがあり……〕
カバーを押し付けたままゆっくりと外殻を開き、爆弾本体を露出させる。起爆心棒と信管の安全状態を確認し、そっと取り出して、ドライバーと薄型レンチで爆弾上部を開く。
〔サラナはその形状は特殊ながら、使用される爆薬はごく一般的なもので……〕
爆薬収納部を回転させて開くと、そこには爆薬を模した鉄粒が入っている。これにプラズマバーナーをかざす。本当の爆薬なら炎を当てて完全に燃やしてしまえば危険はなくなる。あとはそれぞれの部品を分解するだけだ。
すべて解体し終えたとき、緊張の糸が切れ何とも言えない脱力感に襲われるのはストロッカのときも同じだった。これを数十個単位で立て続けに行う新藤など、超人としか思えない。
一希はヘルメットを外し、大きく息をついた。
「できたじゃないか」
「できました……」
嬉し涙が今にもこぼれそうだ。
「教本もたまには役立つな」
「はい、先生、アドバイスありがとうございました」
不発弾は物理と科学。その感覚を一希はようやく手に入れた。教本の音読を始めてから一ヶ月近くが経っていた。
「よし、明日からは他のやつを
「はい、よろしくお願いします」
新藤は近くの棚の一番下からいくつかの段ボール箱を取り出し、スペースを空けた。同じ段の隅には小ぶりの
「今日からはここからここまでがお前の棚だ」
「ということは……」
新藤は一希が今使った部品と工具類を示し、
「好きなときにこれを使って練習しろ」
「あ、ありがとうございます」
「防爆は一人じゃそうそう着れんから省略していい。当分、サラナだけは毎日
「はい!」
普通に技術訓練校を卒業して初級補助士になっていたら、中級を受ける前に立ち
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