47 傷
一通り泣き切ると、息切れだけが残った。
「冴島」
「はい」
「一つはっきりさせておくが」
一希は懸命に呼吸を整えた。
「あの事故は、お前には何の責任もない。まあ本来言うまでもないほど明らかなことだが」
新藤の言葉が全身に
「違うんです……」
「違う?」
「私のせいなんです」
一希は
自分が一緒でなければ、忠晴があの袋小路の奥で壁を
「実は……まだ誰にも話したことないんですけど」
墓場まで持っていくと思っていた。たった今、この瞬間までは。
「従兄の、声が聞こえたんです。何だこれ、って」
一希はあの岩壁を後ろ向きに下りようとしていた。その途中で聞こえた声だった。
「私が見てない間に、きっと触ったんだと……」
見つけただけで爆発するとは考えにくい。普段から乱暴な子だから、もしかしたら
「何だこれ」という忠晴の無邪気な声が、今も耳に残る。一希だけが知る、彼の
それが発されたとき、何だかいやな予感がしたのに。下り切る前に、あのとき忠晴の方を見ていればよかったのに。たった一度、この目を向けてさえいれば……。どうして? どうしてあの壁を下りることに気を取られてしまったのだろう。
「防げたはずだと思うわけか」
一希は、作業服の
「うぬぼれるな」
思いがけぬ苦言に、一希は息を
「お前は爆弾を見つけるという任務を負ってあの場にいたのか?」
「いえ……」
「二つ目を見つけてるから余計に悔やむんだろう。一つ目も防げたはずだと」
図星だった。
「お前が二つ目のサラナを見つけたのは偶然だ。多少の知識があるってだけで、素人が全部漏れなく見つけるなんて、できてたまるか」
それは理屈ではわかっている……つもりだった。
「子供が謎の物体を見つけてから触るまでなんて一瞬だ。誰も止めることなんかできん。そこにそれがあったのが悪いんだ」
あんなところに爆弾なんかなければ。それは一希も数え切れないぐらい考えた。
「事故筆録を何度でも読め。あれが協会と軍の理解であり、唯一の事実だ」
新藤から借りた日に、震える手で開いたあのページ。客観的事実と、推測される状況。原因と防止策。プロの視点で冷静に
「病院にもいろんな人が来て、状況とか聞かれたんですけど……ずっと黙っててすみません。従兄の声を聞いてたこと」
「お前の証言はもちろんあれば助かったろうが、なかったからって見当違いの結論を出すほど協会も
実際、警察や不発弾処理協会は、一希の肝心な証言なしに事実通りと思われる解釈にたどり着いた。爆弾は大なり小なり露出していた。それを亡くなった八歳男児が触ったから爆発したのだろう、と。
「最大の原因は処理士の
「はい……」
自分もまた被害者であることは、毎日服を脱ぎ着するときにいやでも思い出す。体の左側、ほぼ全体にランダムに散らばった茶色の
「いいか、冴島。爆弾処理に感情を持ち込んでもろくなことはない。大抵のことは物理と科学で説明がつく。誰がどんな気持ちで作ったか、これまでにどんな奴がどんな風にこれで死んだか、そんなことを作業中に気にするな。距離や角度によって周囲にどんな影響があるか、どう対処すればいいか、それだけに集中しろ」
それができなければ危険を招く。
「そういえば、昔テレビの不発弾特集で、先生のお父様がインタビューを受けてらして……」
かの内戦に関し、スム族を一方的に責めるスタンスで報じるメディアは少なくない。その番組も例外ではなかった。不発弾処理の第一人者を前にして、「スムの
しかし、当の隆之介はやんわりとそれを否定し、こう答えた。「このまんま置いておいたら危ないでしょう。だから片付ける。それだけのことです」、と。
一希がそう伝えると、新藤の頬が
「そうだ。まったくその通り」
さすが新藤隆之介。単に業界の
「信念と感情は違う。俺らの仕事は
「はい……」
しかし、こういった気持ちの問題というのは、どうやって克服すればいいのだろう。
「焦るな。まだ時間はある。差し当たり……」
新藤は棚から何かを取り出した。
「こいつを返しとくぞ」
渡されたのは、一希が預けていた教本。
「あ、ありがとうございます」
「サラナの解説があるな。解体手順じゃない、基本情報の方だ。そこを毎日、百回ずつ声に出して読め」
「えっ? あ、はい」
「暗記するんじゃない。文字通りの意味だけに集中する訓練をしろ。よそで聞いた話やお前の経験は一切除外だ。勝手なイメージを抱くな。サラナとは何か。その答えは全部そこに書かれてる」
――サラナとは何か……。
「はい」
ストロッカでは模擬解体まで進んでいるのに、随分と逆戻りした気分になる。だが、現物を前にして手順が真っ白になってしまったのだから仕方ない。自分に妙案があるわけでもなく、新藤を信じるしかなかった。
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