第1章 弟子入り

3  クラスメイト


 のどかな音色ねいろのチャイムが、午前の授業終了を告げる。一希はちょうど何度目かのあくびをみ殺していた。


 今朝も五時に起き、アルバイトをしてから登校したが、そのせいばかりではないだろう。


 教本を読み上げるだけの退屈な授業。予習の時点で消化済みの内容を単調な声で聞かされる身にもなってほしい。本当に知りたいのは現場での実態なのに。


 実をいうと、すべて独学で済ませることも考えていた。訓練校への通学は必須ではなく、試験に受かりさえすればよいのだから。


 だが、学校に通うことで最終的に実習先を紹介してもらえるのは魅力だった。それに、資格を取ってからも同窓の先輩が面倒を見てくれる可能性がある。要するにコネ作りだ。ただでさえ女子というハンデがある中、みすみすチャンスを逃すわけにはいかない。


 


 早川はやかわ技術訓練校には、一希と同じ工業高校の出身者も多数入学している。女子の比率は高校時代よりさらに低い。中でも不発弾処理補助士ほじょし養成科では、一希が開校以来初の女子生徒。


 他の科には一クラスに数人ずつは女子がいるらしいが、中には腰かけのつもりで入学し、男だらけの環境で婿むこ探しに励む娘もいると聞く。大抵は裕福な家庭の子だ。


 学校側でも女子は道楽気分というイメージが強いのかもしれない。教官たちが女子生徒に向ける目が、男子に対するものとは違うのをひしひしと感じた。




 昼休みの学食。一希は同じクラスの男子たちを見つけて声をかける。


「ねえ、ここいい?」


 一瞬、戸惑うような沈黙が流れたが、高校で同級だった三上みかみが隣の椅子を引いてくれた。


「ありがと」


 席に着いて「いただきます」と言うなり、とんかつ定食をモリモリほおばる。そんな一希を横目に眺め、一人がつぶやいた。


「授業中あんだけ食いついてきゃ、腹も減るよな」


「ん? あんだけって?」


「ほら、今日もやってたじゃんか。質問とか、訂正みたいのとか」


「ああ」


「教官ってそんなに現場経験ないだろうからさ。おとなしく教材に沿ってやらせてあげた方がいいんじゃないの?」


「うーん、でも、みんなわかるわけ? あれで」


「わかったふりしときゃいいんだよ、あんなもん」


「ほら、こないだの模型だってさ、持ってきただけって感じで、大して使ってなかったじゃない?」


「まあ、申し訳程度って感じではあったな」


「でも、学校じゃこれが限界なんじゃねえの?」


 他の皆もうなずく。


「そうそう。現場出たらどうせ処理士に怒られるとこから始まるんだからさ。いやでも覚えるって」


 一希たちが目指している「補助士」とは、不発弾処理士を文字通り補助する作業員。処理士を目指す者はまず補助士の資格を取り、実務経験を積む必要がある。


 一希の出身校は工業高校の中でも特に実習に強かった。それを三年間経験した身からすると、この学校の授業ははっきり言ってもの足りない。しかも対象が不発弾となれば、幼い頃から関連書籍に触れてきた一希が抱く好奇心は、もはや破裂せんばかりにふくれ上がっている。


 学校が現役処理士のもとでの実習を世話してくれるのは、まだ数ヶ月先。それまで、理屈や一般論ばかりの教本を眺め続けるしかないのだろうか。


「それよりさ、そのジャージやめない?」


と、三上がこちらを指さす。


「えっ?」


 一希が日々愛用している通学着上下。高校の指定ジャージで、胸に校章が入っている。持っている二色のうち、今日は紺色。


「とっくに卒業したんだし、もうちょい何か……色気とまでは言わないけどさ」


「朝、学校来る前にね、アルバイトしてるから。公民館のお掃除なんだけど、動きやすくて汚れてもいいとなると、ちょうどいいんだよね。ほら、三年しか着てないから大していたんでないし」


「三年って」


 皆は笑うが、一希は親なしのりょう暮らし。貧乏性がみ付くのも仕方ない。


 母が働いていた頃だって、贅沢ぜいたくができる環境ではなかった。それに……。


 あの事故以来、頼れる親戚も失った。縁を切られるのは無理もない。


 まだたったの八歳だった忠晴は、爆弾きな従妹いとこと遊んでいるときに、爆弾に殺されたのだから。



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