生きるって難しい

第1話 頑張って生き抜いた

僕がまだ２０歳の頃の話。

夢なんかなくて、ただひたすら

１日が過ぎるのを待つ毎日。

スマホをかまって、SNSばかり見ていた。

そんなとき、ある一人の女性からSNSを通してメッセージを送ってきた。

『もしかして高校野球してましたか？』

全く知らない人。

居住地を見てもかなりの距離がある。

たしかに高校野球はしていたが

田舎の無名校の弱小チームだった。

メッセージを送ってきた女性は

16歳の高校生。

高校野球が昔から好きで

マネージャーをしていた。

『はい、無名校ですが一応してました。』

と興味本位で返信した。

それから何通かメッセージをしていると

過去の自分の何気ない呟きが

高校野球をしていた事がわかるような事で

どうやらその呟きを見てメッセージを

してきたらしい。

その日から毎日メッセージをするようになった。基本話は野球の事ばかり。

気づけばその子とのメッセージが日常になっていた。

ある日の朝、いつも決まって

おはよー。と入っているはずの

メッセージがなかった。

まだ寝てるのかな。

まぁこういう日もあるか。

と、特に何も思わなかった。

その日の夜、その子から

メッセージが来た。

『電話したいです。待ってます』

この言葉に電話番号が送られてきた。

そんなに深い関係じゃないし

会ったこともない。

ただ野球の話をしていただけ。

そう思っていたが

電話をかけてみる事にした。

電話の向こうで泣いていた。

どうしたの？と聞くと

メッセージ送るの遅くなってごめんなさい。

と泣きながら言っていた。

『私、病気なの。』

頭が真っ白になった。

会ったこともない彼女は

ただメッセージしかしたことない彼女は

いつのまにか僕の生きる理由の一つに

なっていたのかもしれない。

薄っぺらい関係だと思っていた。

多分誰に聞いてもそういうだろうと

今でも思う。

ただ、たわいもない話を毎日していただけ。

それだけなのに、いつのまにか

大切な人の一人になっていた。

病名は白血病。

元々数年前に患って再発したとの事だった。

言葉を失い、なにも言えなくなった。

とっさに頭の中の引き出しから出た言葉が

これからもたくさんメッセージしよ。

電話しよ。

たくさんたくさん話をしよ。

偽善者かもしれないが

彼女を支えたいという一心だった。

それから彼女は闘病生活に入った。

薬の副作用で髪は抜け、

どんどん痩せていった。

辛いはずなのに弱音を吐かなかった。

ある日お願いがあると言われ

話を聞くと

高校時代のユニフォームと帽子が欲しい。

と言ってきた。

僕は押入れからユニフォームと帽子を探し出し、ダンボールに入れ、

彼女の指定した住所へ送った。

数日後ビデオ通話をすると

彼女の病室に飾ってあって

なんで飾ってるの？と聞いてみた。

すると

弱小チームのユニフォームでしょ？

強いチームのユニフォームより

ご利益ありそうじゃん。と

笑顔で言ってきた。

普通逆でしょ。と言うと

強いチームのユニフォームは

運を使い果たしてそうでしょ？

このくれたユニフォームは

まだまだ運が有り余ってそうだし。

到底理解できなかった。

でも彼女が笑ってくれるなら

それでよかった。

その数日後

彼女から電話が来た。

電話に出ると知らない女性。

妹と名乗る人だった。

姉が危篤状態です。

引き出しの中に最後に声が聞きたいって

書いてあるメモを見つけて電話しました。

そんなこと言われても

思考がついていかなかったし、

受け入れる事もできなかった。

思っていた以上に病気は深刻だったらしい。

スマホを彼女の耳に当ててくれた。

酸素が入っている音

モニターの音

医療機器の音と必死に呼吸している音だけが

聞こえてきた。

死なないで。生きて。

心の中で思ったが出てきた言葉は違った。

ありがとう。

頑張ったね。

短い間だったけどたくさん笑ったよ。

たくさんたくさん笑顔をもらったよ。

俺ももっともっと笑わせてあげたかった。

絶対に忘れないからね。

思っていた事と出てきた言葉は

全く違うものだった。

心停止を知らせるアラームが鳴り

電話が切れた。

彼女は誰よりも強く

誰よりも生きた。

たしかにまだ若かったが

それ以上にいろんな人を笑顔にした。

彼女は今でも

僕の大切な人。大切な思い出です。