Do or Die-02



「……とりあえず祈りくらい捧げないと、神様も聞かされていない願いには答えてくれないわね。勝手に幸せにしてくれる場所だと思っていたわ」

『考え方が妙に現実的だな』

「非現実的なところからどうも有難う。……いや、待って、そもそも何で入って来れるのかに答えて? あなた神様怖くないの? 神父様に祓ってもらおうか?」


 悪魔ってことよね? 死神も神だ、なんて言われたらどうしようもないけど。


 オー・マイ・ゴッド。ただし死神じゃないとは言っていない。なんて最悪。

 そんなことを思っていると、死神は予想外の答えをくれた。


『2カ月前、ここの神父は不倫をした』

「待って、神父様は独身なんだけど。神父って生涯結婚しないものだし、死神はそんなことも知らないの?」

『知っているさ。独身の神父がと不倫をしたんだ』


 相手が既婚者だったってことね。そういうこと……。いや、待って。


「不倫した上に、妻子持ちのですって?」

『そうだ』

「そ、そう……それはもう仕方ない、わね」


 この教会の空間は、何も神々しくないってこと。死神にとって、とるに足らないまがい物の箱物ってこと。

 あのステンドグラスから差し込む光も、敬虔な信者も、すべて意味がないってこと。


『ついでに言うと、この教会の敵は悪魔であって、死神ではない。俺達にとって神は同類だ。奴らは他の神を認めていないけれどな』

「じゃあそもそも教会に来た意味ないじゃない!」


 最悪って、簡単に塗り替えられるのね、もう、それが最悪。


 私は死神に命を握られてる。その禍々しい大鎌で簡単に殺されてしまう。

 次はどこの宗教施設に助けを求めに行く? いや、無駄よ。どのみち私は信者じゃないもん。もう何も信じない。


「要するに、私はあんたから逃げられない。遅かれ早かれ死ぬ、そういう理解でいいのね」

『今のままでは、な。そこで、相談がある』

「どんな最期がいいかって? そうね、老衰がいいかしら」

『……茶化すな。ジュリア、君にとって損はないと思うが』


 損はない? そうよね、死神に憑りつかれてる時点でこれ以上悪くなりようがない。

 だから何? 死神と協力? それこそ邪教徒って奴じゃない。


『俺は、どうしてもやらなければならないことがある』

「私を殺す以外のことって理解でいいのね」

『そうだ。あんたは死神が見えているから、俺に協力して欲しい』

「人殺しの協力ならお断りよ」


 死神に頼られる? 何それ、殺し屋? 冗談じゃない!


『なりたくて死神になった奴ばかりじゃない』

「あなたも死神でいる事は不本意なの?」

『そうだな。出来る事なら……今すぐにでも人に戻りたい』


 死神が人だった? そんなまさか。人は死んだら死神になるというの?


「戻りたいなら戻ればいいじゃない」

『その条件が大切な人を1人、もしくはどうでもいい奴を5人殺す事であってもか』

「なんですって?」


 自分が生き返るために、誰かを殺さなきゃいけない?

 じゃあコイツも誰かを殺さなくちゃいけないって事?


「じゃあ、誰も殺さなかったらどうなるの? 命を奪わないならどのみち死神じゃないと思うけど」

『50日以内に実行できなければ、俺達は消滅する』

「消滅? 死神が死ぬって事?」

『そうだ』


 なんて成果主義なの。死神の世界まで資本主義だなんて。

 自分の存在を賭けて成果を上げないといけない、しかもそれが他人の命。自分が死ぬか、相手が死ぬか。

 それで死神を責められるかと言われると、ちょっと自信がなくなってきた。


「……あの、あんたの事情なんか本当はどうでもいい事ではあるんだけど、手を組むのなら詳しく教えてくれない? そもそもなぜあなたは死神なの? 私の周囲にいたのは何故?」


 大切な人を1人、もしくは無関係な5人の命を奪う。それを達成すると……死神はどうなるの?

 失敗したら消える、そして成功したらまた繰り返すの? どうにも理解が追い付かない。


『俺達にはノルマがある。それは分かって貰えたな』

「ええ」

『俺達は言わば執行猶予期間にある。俺の本体はまだ死んでいない』

「本体? 死んでない?」

『俺達のような死神は、おおよそが意識不明で目覚めない人間だ。条件をクリアすれば目を覚ます』


 つまりこの死神は人間で、自分が生き返るために誰かを殺さないといけないって事? あ、まだ死んでいないんだっけ。


「それで、私に人を殺す手伝いをしろって? 駄目、ノーよ、絶対お断り」

『そうではないと言っているだろう』

「私に他人の命に関わるようなことをやれってことでしょ? 熱帯魚の飼育でさえ3日が最長の私に?」

『教えてくれと言ったのはどっちだ。聞きたいのか、聞きたくないのか』

「……あーごめんなさい、そうね、私が話してってお願いしたのよね」


 人の話をちゃんと聞け。恥ずかしながら、大人になってからも言われ続けていること。

 つい相手の話を遮ってしまう。私の悪い癖のほんの1つ。


 死神の表情は相変わらず分からないけど、きっとイライラしてるでしょうね。いっそ私の命を狙った方が早いと思ったかも。


 ……そうよ、よく考えたら相手はいつでも私の命を奪えるんだわ。それなのにこんな私を辛抱強く相手してくれてる。

 そりゃ死神なんて近くにいない方がいいけど、この死神は……悪い奴じゃないのかもしれない。


 死神になったから性格が変わったってわけでもなさそう。生きている時はいい人だったのかも。あ、ごめんまた。まだ死んでないんだったわ。


「あなたには50日という期限もあるんだった、ごめんなさい。ちゃんと話を聞くし、何か考えがあるなら手伝える範囲で手伝うから」

『……俺にはもう50日もない』

「そう……何と言えばいいのか分からないけど、あなたが後悔しない時間を過ごせたらいいわね」


 50日もない、か。この人はいつから死神なんだろう。

 大切な人を手にかけようとしたことはあるんだろうか。

 何人か殺してしまったんだろうか。

 聞きたい。でも、なんとなく聞けなかった。聞いちゃいけない気がしたの。


『相談の続きをしていいか』

「え? ええ、あ、うん。ごめんなさい、話の腰を折ってしまって」


 残り少ない時間。そんな中、私にだけは姿が見えた。私に縋りたいくらい助けて欲しい、だから私を殺さないんだ。


 死神を助ける……か。うん、そうね、いいかもしれない。

 幽体離脱した誰かを、心だけでも救えるのなら。それはいいことだと思うの。


『俺は他の死神の邪魔をしたいんだ』

「……その死神も、息を吹き返すために誰かを狙っているのよね」

『そうだ。もちろん、ある程度弱った奴の魂しか刈り取れないがな。俺は……俺を狙った奴を許せない。そいつは俺だけでなく、恋人までも狙った』

「あなた、死神に襲われて死神になったってこと!?」


 死神に襲われた者は、本来の寿命の残り具合で死神になる事があるらしい。

 この人は死とは程遠い時期に命を奪われそうになり、自分が死神になってしまった。


「死神になることは、死ぬはずじゃなかったから、生きるチャンスを与えられたということなのね。とてもその……残酷なチャンスだけど」

『ああ。俺はあの死神を見つけ出したい』

「見つけ出して、どうするの? 元人間の死神同士で殺し合うなんて見たくないんだけど」

『違う。俺はそいつから、俺の魂を奪い返したいんだ。そして、僅かに削り取られた恋人の魂も』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る