WHAT HAPPENS-03



 * * * * * * * * *



「はっ!」


 え、えっ……と?

 あれ? 明るい、え、私寝てた?


「ジュリア!」

「……お母さん!?」


 え、何でお母さんがいるの?

 私、仕事から帰ろうとして……ここは何?

 それよりお母さん、せめて口紅くらい塗って、顔色が悪く見える。


「もう、目が覚めないかと思ったのよ! あんた、雷に打たれるなんて」

「……雷? え、私が?」

「肩からお尻にかけて、すっごい痕! 通りすがった人から通報があったって」


 雷……そう言えば、確かに雷が鳴って……。


「……ねえ、私、何か騙されてない? 雷に打たれるなんてある? 通り魔か何か?」

「あらやだ、記憶喪失なのね。先生! 誰かいないの? この子まだ頭がおかしいみたいよ!」

「ちょっとお母さん、言い方」


 えーっと、私は失業した日の帰りがけに雷に打たれた、そして病院に運び込まれた……? ここは病院? また私、病院に運び込まれた?


「え、ちょっと痕って何!?」


 病院服から肩を出して確認してみた。

 左肩には真っ赤なミミズ腫れ。もみの木のような痕が背中へ回ってる。


「うっそ……何これ」

「電気が体の中を通らなかったから助かったんだって。顔は無事よ、大丈夫」

「助かったって、何も大丈夫じゃないでしょ! こんな痕付けて生きろって? もう……」


 何なの? 何で私ばっかり!

 だいたい病院服がピンクだなんて最悪なのよ!

 こんな痕が残って、どうやって……


「お父さん達呼んで来るから。体は痛くない? 動く? どうもない?」

「うーん……ちょっとピリッとするけど、それくらい」


 真っ白な空間、窓の外には高層ビル。青い空、白い電波塔……この風景には見覚えがある。

 ここ、ディヴィッドと一緒に担ぎ込まれたあの中央病院だわ。

 また来る羽目になるなんて、それも最悪。


 ため息をついていると、お母さんが戻って来た。

 彼氏の名前は憶えてくれないくせに、親戚を集めて来るくらい心配してくれたんだ。


「やあジュリア、気が付いたんだね」

「ええ、有難うカールおじさま」

「ハァ、良かった……気分は、大丈夫か」

「ええ、大丈夫よお父さん。ミシェルおばさまも」

「大慌てで来たんだよ、良かった良かった」

「……ミラお婆ちゃん、クリスお爺ちゃん、アガサお婆ちゃん、ジェームズおじさま、ウィルおじさま、マーシャおばさま、アニカおばさま、お兄ちゃん、グレーシー、ミリー、レオナルド……」


 待って、待って!

 家族親戚いとこまでみんな連れてきたの?

 これじゃまるで私が……


「ちょっとあんた! 着替えてきな、気が早いんだよ」

「ああ、そうだった。着ていた事を忘れてたわい」


「ダニエルおじさま……それ、喪服?」


 分かった。私が助からないと思ってたわけね。

 お願いだからそういうのは隠しておいて、傷付く。


「ねえ、そこの真っ黒なコート着てるのは誰? 別にもう喪服着てるからって呆れないわ」


 ダニエルおじさまの後ろに、全身真っ黒な服を着た人がいる。多分、男。フードまで被って、いったい……。


「誰って、初夏だぞ? 黒いコートなんて誰も着ていないが」

「やっぱりまだ何か影響が出ているんじゃないか」

「え、だってそこに……」


 うん、いる。


 え、ちょっと待って、みんなもしかして見えてない?


「そこ、私の指の先!」

「ジュリア、あんた私達をからかってる? なんともないって言ったじゃない」

「えっ、うっそ、だって……」


 だって、見えてるもの! 黒いコート、黒いフード、顔は見えないけど黒いブーツ!

 手に……長い棒?


「え、鎌! やだ、大きな鎌を持ってる!」

「誰が? ジュリア、いったいどうしたの」

「その人、手に大鎌を持ってる! 危ない! みんな危ない!」


 通り魔を病室まで通しちゃうなんて、この病院正気!?

 セキュリティーはどうなってんのよ!

 私が幾ら注意しても、誰も逃げようとしないし!


「ジュリア、正気? 落ち着きなさい」

「ええ、ええ私は正気よ。何でみんな、ひょっとして今日はハロウィン? 私そんなに寝てたの?」

「……ひとまず、落ち着きましょ?」

「あたまがおかしくなったのね、可哀想に」


 誰にも見えてない? でも、そこに確かに黒づくめの男が大鎌を持って立ってるの!

 ああ歩いて来た、こっちに来た!


「あなた、雷に打たれて霊能力にでも目覚めたの?」

「はっはっは! そりゃあいい、死神のお迎えが来たら追い払ってもらうか!」

「ちょっとあんた、不謹慎だよ。この病院、医療ミスで医者が死神呼ばわりされたばかり」

「おっとそりゃまずかったな」

「霊能力なんて、ない! 私にはない! 幽霊って足がないんでしょ? じゃあ幽霊じゃないわ! そいつは黒いブーツを履いてるもの!」


 ああ、来た! ……え、ちょっと待って、今みんなをすり抜けた?

 嘘でしょ、え、本当に幽霊!? まるでホラー映画に出て来るような見た目だわ!


 狙いは、もしかして私!? 死にぞこないの私の息の根を止めに来たのね!

 でも、この状況を伝えても誰も聞いてくれない。それどころか後遺症みたいに思われてる!


「はっ……はっ……やだ、やだ」

「ジュリア?」

「なんで、なんでそこにいるのに……誰も、気付いてくれないの!」

「こんな真昼間から幽霊? はっはっは、妖精さんの間違いじゃないのか」

「おやおやミリーちゃん、可愛いティンカーベルの靴履いてきたのねぇ」

「あーんもう!」


 あんた達知ってる? そういう危機を察する事が出来ずにのほほんと笑ってる奴らって、ゾンビ映画じゃ一番にやられるのよ!

 幽霊って聞いて怖がらないって何? みんなこそ頭おかしいんじゃないの!?


 ああ、ベッドに身を乗り出して来た! 顔は分からない、だってなんだか影になってるんだもん!


 どうしよう、どうしよう……私だけこんなに焦ってる?

 冗談ならもうそろそろやめて、本当に……


『俺の事が、見えているのか?』

「はっ……?」


 布団を被ろうにも、怖くて体が動かない。

 そんな目を瞑って死を覚悟していた私の耳に、低い声が入って来た。


『俺の事が見えている、って事か。んー、そんなつもりじゃなかったんだけど』

「はっ……はっ? もしかしてあんた、本当に幽霊?」


 男は立ち上がり、周囲を見渡す。部屋にいるのは私の親族だけ。狙いを間違ったってこと?


『俺が見えているって事は、まだ命の危険は去っていないのかもしれない。体の調子に変化はないか』

「体? 気分が悪いのと、恐怖で脈が速いくらいかしらね、おかげさまで」

『……医者は体調面での問題はないと言っていたはずだ』


 この死神、もしかして前から私を狙ってた?

 どうして医者が問題ないと言ってた事まで知ってるの? 私だって知らないのに。


『点滴の痕を見てみろ』

「え?」


 暫定幽霊に言われて、ふと点滴が入れられている右腕を見た。言われるまで点滴を受けている事すら気付かなかったわ。

 針が……。


「やだ、腕が変な色! 青くなってる」

「見せて、やだこれ! ちょっと看護師さん!」


 お母さんが私の腕を見て大声を上げる。大声を聞き付け、担当らしき女性看護師がやってきた。


「どうしました? 先生ならもうすぐ……」

「この子の腕! 何を点滴したの!」

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