【Life After Time】〜私を変えた、死神の御加護〜

桜良 壽ノ丞

【WHAT HAPPENS】不幸せな夜の夢に逢いに。

WHAT HAPPENS-01





 1・WHAT HAPPENS~不幸せな夜の夢に逢いに。




 世の中はおおよその場合において公平。スタートラインはそれぞれ違うけれど、みんなにおおよそのチャンスがある。


 ただ、掴んだチャンスが全部当たりだとは……誰も言ってない。


「ご来場誠に有難うございました、お帰りは気をつけて」


「あーあ、子供を放ったらかしで遊ばせておくには丁度良かったのに、残念よねえ」

「ほんとほんと。いつもすいてるし、子供の相手はしてくれるし」

「ねえねえ、隣の市の動物園が安いと思わない? 子供は1人15ドル!」


 子供を長時間放置できる遊び場が、この世から1つ減った。

 嘆く親たちが夜風に吹かれながら家路につく。笑顔で見送る私。


 ええそうよ、私は今日で失業するの。

 貴重な体験を有難うございません、お客様。


「社員が失業を体験する様子を見せてくれるなんて、シャレが効いてる職業体験施設ねえ」


 ……何よ。明日からあんた達、お客じゃないんだから覚えておきなさいよ。


「はあ、あの言い草、むっかつく」

「ん? ああ、あの親が迷子になった御一行ね」

「私が『迷い親放送』する時に笑ったから根に持ってるのかも」

「それはあんたが悪い」


 私は職業体験施設「ワークス」の案内員。ワークスは屋外施設、屋内施設を合わせ23の職業を体験できるキッズランド。

 あーあ、やっと決まった仕事だったのに。


 農業、工業、化学研究所もオフィスも、なかなかの施設だった。施設は、ね。

 やってるのは子供向けのおままごとに過ぎない。何故か観覧車もあるし、園内をピエロとペンギンの着ぐるみが歩いてる。


 休みは少ないし、給料も少なかった。パートの僻み合い、客の悪口、上司の悪口。お客に体験を提供しないなんて勿体ないくらいのブラック職場。


 そしてワークスは今日、13年と3カ月の中途半端な歴史に幕を閉じる。


「ジュリア、あんたどうする? この大型無秩序託児施設もあと20分で終わり。あたしらの失業まであと20分」


 ローリが黒い前髪を撫でつけ、褐色の肌に良く似合う笑みを浮かべる。1つ年上で、私よりハリのある頬、豊満な体。私にないものを全部持ってる友人。


 おまけに明るくて面白くて優しい。それでいて真面目でもいられる。


 私が唯一ここで働いて良かったと思えるのは、ローリと出会えたことよ。そうハッキリ言えるくらい、ローリは私にとってかけがえのない友人。


「ここより休みが多くて、給料が多い仕事を探すしかないわね」

「ハッハッハ! あんた、条件に合わない職場の方が少ないっての。この歳で月給換算2000ドル以下なんてどんな田舎よ」


 あとは、女子社員に対する謎の「」と、ショッキングピンクの制服と、言う事を聞かないお子様共がいない職場がいい。


「ローリはいいわ、3年いたんでしょ。私なんて1年でこれよ」

「あたしは3年間三つ編みおさげに耐えた、ジュリアは1年で済んだ」

「そうね、私はラッキーだったのかも。ご愁傷様」


 ワークスはお客にとって、お金を使わずに長時間いられる、それだけの施設だった。


 負債総額2900万ドル、結構な額よ。でも土地は広いからある程度返済は出来そうなんだって。

 わたしは入社して1年、どこでもいいと思って入ったらこのザマ。色々な体験の提供を通して今日、何百人もの従業員向けに失業体験。


「もうちょっと給料を高くするべきだったのよ。これじゃ真面目に働く気がなくなる。清掃員の感じが悪いって苦情何十件来てたっけ」

「私はちゃんと案内員として真面目に働いたわ。給料分はしっかりと」

「もっと給料が高かったら? もっと真面目に働いた?」

「ええもちろん、その分やるべき事が増えるのは覚悟してたし」

「例えば?」

「きっと追加でに愛想を振りまいた」

「わお、そりゃまた重労働」


 退職金? もちろんナシ。失業体験だけ社員向けなんて酷い。

 お客向けのリストラ体験、職業安定所通い体験、面接落ち体験。うん、いいんじゃない?


 こうして大人になって実際に経験するより、はるかにマシ。


「あたしはもう転職を焦らない、こんな仕事はもうコリゴリ。ジュリアには悪いけど」

「いいの。ローリは結婚まで半年切ったんだし、彼氏といなきゃ。私達、表面上は色んな仕事を知ってるから次の就職には有利よきっと」

「そうね、おまけに大型託児所職員の経歴までつく」


 最初は追い回してたわね。でも、そのうち楽な方法を見つけちゃった。


「子供を黙らせるには、子供の恥を気にする親を速やかに園内放送で呼び出す事!」 

「こちらは迷子放送です。チョコレートでベタベタのジョーイ君、6歳の男の子です。壁の塗り直し費用を請求される前に、さっさと迎えに来て下さい……って」

「ふふっ、懐かしい。あの子のところも最終的に親が迷子になったのよね」

「親の迷子も放送したんだっけ。親が迷子になったら誰が迎えに行くのよ。今となっては良い思い出だけど」

「ええ、ほーんと素敵な思い出。思い出すのが勿体ないくらい」


 ローリとは先週までルームシェアをしてた。一緒に働くのは多分これが最初で最後。彼女は秋に結婚予定で、一方の私は先月失恋。

 26歳でそろそろ焦りだす年頃、周囲との格差にも焦りを感じる。


 だって、今時無職の女に魅力を感じる? 貯金だってそんなにないし。先週から1DKのマンションに移ったばかりで、明日からは就職活動。

 実家に帰ろうにも、隣の家まで車で行くような田舎に戻ってどうしろというの。


 家事手伝いの肩書のため、実家の養鶏場でお手伝い? そして10年に1度、流行り病に罹った何千何万の鶏を燃やして土に埋める?


 もうイヤ。私には耐えられない。


 20時の鐘が鳴り、ゲート前のブースは一斉に照明を落とされた。この照明が点く事はもう二度とない。


「さ、閉園! ほらガキどもは早く帰んな! あたしたちの仕事はもう終わりだよ! 二度と顔見せるんじゃない!」

「なあお前らシツギョーするんだろ? 母ちゃんが言ってた」

「ああそうだよ、あんたらも失業しない仕事を探しな。体験させてやんなくて悪かったね」


 ローリが睨めば、こましゃっくれた常連の子供達がギャーッと叫びながら出ていく。

 さよなら、あんたらは手の掛かる12ドルだったよ。


 さあ、入場ゲートの鍵を閉めたら私達の仕事は終わり。


「さ、終わったわ。着替えて帰りましょ」

「ええ」


 そう、ちょっと不幸だけど、こんなこともある。

 どうせ何年か経てば思い出話のほんの1つよ。私にとって、今日はそれだけの1日だった。


 ええ、勿論そのはずだった。

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