第14話 心に放火するような



 この年齢で周りの令嬢達を取り纏め、問題無く集団行動をして見せる。

 そんな彼女が馬鹿な筈なんて無い。

 彼女はきちんと状況判断が出来る子だ。


 だから彼女が『操り人形』になってしまったのは、おそらく信頼する誰かから目の前に「甘言」と「筋の通った説明」とを同時にぶら下げられたからだろう。

 そう、最初から思っていた。


 そして、それはきっと正しかったのだろう。


(内情を話した今、彼女はきっと半ば盲信的に「これで全ては上手くいく」と思っている。全てが上手くいき、皆が幸せになれると)


 彼女にとって、それはさぞかし良い世界なのだろう。

 しかしそうと分かっていて、セシリアは自分自身や家の立場、そして何より日々の平穏を守る為に、彼女をそこから引きずり出さねばならないのだ。


「やはり私に殿下のお隣は、少々荷が重い様です」


 セシリアからの返答に、確信に満ちていた彼女の笑顔の火がフッと消えた。


「……何故」


 放心状態といった感じでポツリとそう呟き、それから数秒遅れでやっと「拒絶された」という実感が湧いたのだろう。

 彼女は拳をギュッと握り、今度は大きく声を荒げる。


「何故分かってくださらないのです! これは私達お互いにとって、とても良い――」


 しかし、そんな彼女の声をセシリアは。


「貴女が仰る『利』はどれも、我がオルトガン伯爵家には不要な物なのですよ、テレーサ様」


 柔らかい声で遮った。

 しかしそこには有無を言わせない芯がある。


 その声の圧に押されて、テレーサの怒りを押し黙らせた。

 否、怯んだと言っても良いかもしれない。

 そしてその隙にセシリアはこう言葉を続ける。

 

「国の中枢を握る程の権力もそれによって得られる利にも、我が伯爵家は全く魅力を感じません。領地と領民を守れる程度の権力と領地と領民が幸せに暮らせるだけの利を得る事ができる。私達にとってはそれだけで十分なのですよ」


 それこそが、オルトガン伯爵家が考える『貴族の義務』だ。

 それ以上は望まない。

 そんな暇があるなら、寧ろ家でゆっくりと美味しい紅茶を飲んでいたい。


 少なくともセシリアは、心の底からそう思っている。



 そしてその意思は、彼女にもきちんと伝わったのだろう。

 そしてだからこそ一向に動かせる気配がないセシリアの心に焦る。


 そして焦ったからこそ、余計な一言を口走った。

 それがセシリアの心に放火する事態になるとは知らずに。


「しかし! もし国の政治上劣勢な立場になったりすれば、その領地と領民さえ守れなくなる可能性も――」

「それは脅しなのでしょうか……?」


 ここで初めて、セシリアの声に鋭さが生まれた。

 トーンだって一つ下がり、スゥッと冷えた視線がテレーサへと刺さる。


「そ、そんなつもりは」


 怒りの片鱗がダイレクト且つ素早く周りへと伝播した結果、テレーサの否定には隠しようのない怯えが籠もった。


 なまじ綺麗な容姿の上に、社交の仮面として普段から微笑み常備なセシリアだ。

 そのギャップが、周りには尚更恐ろしく写ったのだろう。

 周りの怯む気配を感じる。



 しかし幾ら賢明に否定しようと、彼女のあの言葉が脅しになるのは変えようのない事実だった。


 『保守派』の筆頭家という立場は、いざとなったらそれが可能な権力を持っている。

 そんな彼女の領民や領地を人質に取る様な発言を、セシリアは、否、オルトガン伯爵家は絶対に見過ごせない。


 例えそれが言葉の綾だと分かっていても、反論をしないのでは暗に泣き寝入りしたように見えてしまう。

 『貴族の義務』を遂行するに当たり、それだけは絶対に許せない。


 それに、だ。


「そもそも我が家は何も貴方方から仲間外れにされている訳では無く、自らの確固たる意志で中立を保っているのです。そんな私達に対して『仲間に入れてあげる』などと……全くお話になりません」


 そう言ってニコリと笑ったが、その背景には間違いなくブリザードが吹雪いている。


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