ファイル12 ビキニのブラ誘拐事件
「どどどどどうするのよ」
「どうしましょうか……」
私とアイリは、浜辺から遠く、かろうじて足がつく海の真ん中でピンチだった。
さて、きっかけのきっかけは夏休み前のアイリの提案だった。
「海に行きましょう」
インドア派の私はその提案を却下したいところだったが、アイリの熱は強く、果南も、またまさかの萌も賛同したので、ミス研の面々は夏休み序盤に海に来た。
しかも緊張することに、今日は私の彼女の美彩もいる。
アイリも美彩も、互いに会いたがっていたからだ。
私はアイリが何かしでかすのではと危惧したが、ただ幸いにしてアイリと美彩は普通に挨拶し、普通に私に関する話題で盛り上がっていた。
特に下ネタで。
まあ、変なことが起こらなくて良かったし、この二人は自分の彼女と妹(だろう)なのだが、――なんなんだコイツら。
ちなみにアイリがいるということは、当然ながら凛はいない。
凛は膝の怪我を理由に来なかった。
ただ、アイリの膝には見慣れた絆創膏があり、私はそれをじーっと睨みつけてやったが、アイリは知らんぷりを決め込んだ。
まあ、私もせっかくアイリと美彩が仲良くしているので、変な刺激を加えるつもりはなかった。
今日はみんな仲良く、目一杯楽しむ――そんな小学生の学級目標みたいなのが、今日の私の目標だった。
そして、それは海について三十分くらいは順調だった。
しかし、アイリと一緒にイベントごとを楽しんでいて、何かが起きないほうが不思議な話で。
「どどどどどどどうすんのよ――」
「まあ、しばらくここにいるしかありませんね」
「し、しばらくここにって――」
落ち着いたアイリに比べて、私は激しく動揺していた。
いつもバグったロボットになるアイリがなぜ平静でいられるのか理解できない。
なにせ、今の私たちは上半身裸なのだ。
それも更衣室や物陰ではなく、海のど真ん中で。
あと三十メートルも浜辺に戻れば、人に見られる距離である。
もちろん、この事態が発生したのは私は露出狂だからでもないし、アイリもそこまで重症患者じゃない。
ある事件が発生したのだ。
――警視庁から各局、警視庁から各局。湘陽ビーチにて、大波により女子高校生のビキニのブラ連れ去りが発生。被疑者の大波はブラを連れ、沖合に逃亡した模様。
それは、あっという間の出来事で、自分の状況に気づいたときには時すでに遅く、私たちのブラは手に届かないところまで流されてしまった。
そして今ここに上半身裸の女子高校生二人が完成していた。
私は、それなりに自慢の大きな胸を両腕で押さえつけ、さらに肩まで海に浸かる。
「やややヤバい……ヤバい……ヤバいわよ……。どどどうすんのよ、これ……」
私は沖のほうを眺め、浜辺のほうを眺め、必死に何かいい水着の代替品・隠れて浜辺に戻る方法・改めて水着を追いかける方法などを考えたが、何一つ手立てが思いつかなかった。
だが、そんな私に対し、アイリは落ち着いて言う。
「鈴先輩、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。部長や真壁先輩、それに美彩先輩もいるんですから、そのうち助けは来るでしょう」
「そそそそそのうちっていつよ」
三人は、さっき浅瀬でボール遊びをしていた。
あれに熱中していたら、そう簡単には私達の異変に気づかないだろう。
「でも、とりあえず十分くらいで私達の不在に疑問を抱き、さらに十分くらいで私達の所在を浜のほうから確認して、そしてなんやかんやあって……、まあ、三十分くらいここにいれば、なんとかなると思います」
――三十分。
決して長いとは言わないが、長い。
明らかに、長い。
「あ、でも、部長たちが勘違いして、私達が溺れたとライフセーバーさんに助けを求めてくれたら、五分以内にでも――」
「ライフセーバーさん、半分以上が男でしょ」
私は、決してありえなくはない可能性に、身を震わせる。
だいたい――。
「それに、ライフセーバーさんじゃなくても男の人が近づいてきたらどうすんのよ。こんな格好見られたら――」
私は、視線を下げ、自分の身体を確認する。
そこは透明度が低い水で、さらに海面の揺らぎもあり、海上から異変があるとは思われないだろう。
また、最悪の事態になっても、大事な部分は腕で完全に隠してあるし、露出面積だけで言えばブラがあってもなくても変わりはしない。
しかし――、いろいろ変わる。
「大丈夫ですよ。男の人だって、ナンパ目的でもない限り私たちにはさして興味を抱きません」
私の心配を払拭するようにアイリは言うが、しかしそれで私の不安感が消えるわけがなかった。
「それは、そうかもしれないけど、でも……」
「大丈夫ですって。それに、さらなる対策として、私達はレズビアンカップルで、ことを致している最中だと思わせれば、向こうから視線を逸してくれますよ」
「それなら、この格好見られたほうがマシよ!」
私は今日一番の大声をあげるが、アイリはまだ平然とした顔をしている。
「じゃあ、このまま浜に行きますか? 私は絶対に嫌です。鈴先輩のそんな姿を他人に見せたくありません」
「ことを致している最中と思わせるのはいいの?」
私はアイリに呆れるが、しかし実際のところ、アイリの言うようにここで待っているのが一番いい作戦であることは間違いない。
ただ、せめて果南たちに何か伝える手段でもあればいい。
少しでもここでの待機時間を短くできないものか――。
私はそう思い、改めて辺りを見渡すが、
「ひゃん!」
「す、鈴先輩!? どどどうしたました!?」
私は先日にも負けない甲高い声をあげ、冷静だったアイリもさすがに驚いた様子を見せる。
だが私はそんなアイリをキッと睨みつけて、
「ああああんた、こんなときに何するのよ! いま私のお尻触ったでしょ!」
怒りをぶつけた。
そう。私が声をげたのは、突然誰かにお尻を触られたからだ。
そしてここにいる誰かとは、アイリしかいない。
しかしアイリは首をぶんぶんと振り、
「わわ私は何もしてませんよ。それに私だって両手でおっぱい隠してるんですよ。鈴先輩のお尻がどれだけ魅力的で、どれだけ触りたいと思っていても、物理的に触れるわけありません」
いつもより流暢な弁明をした。
しかしそれは確かにそのとおりだった。
だが、そうすると、いったい、誰が――
「まさか、幽霊――」
「いや、普通に魚でしょう。あるいは海藻か、クラゲか、ゴミですね」
アイリがまた冷静に言い、私は押し黙らせられるが、
「分かってるわよ! 馬鹿!」
私はアイリから顔を背けながらも怒鳴った。
「鈴先輩、理不尽です」
アイリが呆れたように言う。
まさかアイリに呆れられるとは――。
海に浸かっている身体は程よく冷えていたはずだったが、恥ずかしさで急に熱を発しだした。
それに、反省する。
「悪いわね……。不安なのはあなたも同じなはずなのに……」
私は横目でアイリを見る。
そこには、私と同じく上半身裸で、胸元を腕で隠す女子高校生の姿があった。
私自身、誰かにこんな姿を見られたくはないが、アイリのこの姿を誰かに見せたくもなかった。
しかしアイリは微笑んだ。
「いいえ。私は鈴先輩のエッチな姿を見れただけで満足です」
「……そう」
「…………あの、もう少しツッコミが欲しいんですけど」
「あなたもだいぶ図太くなったわね」
アイリの戸惑った反応に、私も微笑んだ。
だが、その時だった。
「あ――人が!」
浜辺の方角を見ると、こちらへまっすぐ人が近づいてくるのが分かった。
女の人ではあるようだが、このままではこの姿を見られてしまう。
マズい――。
「あああアイリ、どどどどどうする!? ここここは、レズビアンカップルの振りして――」
私は動転して、ありえないことを口走ってしまう。
だがアイリは「どうするもこうも」と相変わらず冷静で、
「すみませーん!」
私たちに近づく人へ声をかけた。
「え、ちょっとアイリ!?」
私はアイリを止めようとしたが、アイリは女の人へむしろ近づいた。
そして、
「急にすみません。実は、私たち水着を流されちゃって、ここで身動き取れなくなっちゃったんです。なので、浅瀬にいる友達を呼んできてもらいたいんですけど、いいですか? ――あ、ありがとうございます。えっと特徴は、色黒で巨乳でスタイルが良くて、白のビキニ着た人で、名前は果南です。今はボール遊びしてると思います。あ、私はアイリです。――はい、よろしくお願いします。――――ふぅ、これで一安心ですね」
アイリは手際よく話をまとめ、笑顔で戻ってきた。
「……あなたって、そんなに冷静だったっけ?」
「いや、鈴先輩がパニクっているので、私が冷静にならなきゃって心理が働くんですよ。ほら、ホラー映画見てるときも、一緒に見てる人がやたら怖がったら、いっそ自分は冷静になっちゃったりしません? ――って、しませんよね」
「……」
私は、凛と一緒にホラー映画を見るときのことを思い出す。
たいてい、私が悲鳴をあげ、凛に抱きついている。
なんだかまた恥ずかしさが込み上げてくる。
ただ、ふっとアイリの顔が寂しさを帯びた。
「けど、部長たちはたぶんタオルを持ってきてくれると思うんですけど、それじゃあもう海で遊ぶのは難しいですね」
「……あぁ」
それは確かにそうだ。
例えバスタオルで胸元を巻いても、それで激しい運動は困難である。
着替えのシャツを着ればなんとかなるが、それで砂まみれ、水浸しになれば、帰りが困る。
予定では、一日中遊び尽くすつもりだったのに。
「まあ、私たちは砂のお城でも建てましょ」
「……ですね」
アイリは、私の慰めにもならない慰めにも微笑んだ。
そういえば、凛と最後に海に行ったのはいつだったろうか。
私は、今度はアイリではなく凛と一緒に海に行くのもいいかと思う。
ただ、アイリは言う。
「でも、せっかく海に来たんだから……、ここで、ちょっとイチャイチャしませんか? 具体的には、ことを致しているレズビアンカップルごっことか」
「……」
私はアイリを海の藻屑にしてやろうかと思った。
ただ、それでは海の迷惑になるので、果南が来るまで静かに叱りつけ続けた。
あまりこういう怒り方をしたことなかったせいか、アイリの顔はみるみる暗くなっていった。
ちなみに、浜辺にある海の家では水着も売られていたので、私たちはその後も海を満喫できた。
・・・幕間・・・
アイリは私と一緒に帰宅しても、いつも駅に入って私の前から姿を消し、私に遅れて凛として家に現れる。
ただ、それは学校からの帰宅時のことで、海からの帰宅時はどうなるかなと思ったが、アイリは私とは別の駅で降り、私の前から姿を消した。
また、私に遅れて帰ってきた凛は、今日のアイリとは違う服装をしている。
おそらく駅のトイレなどで着替えたのだろう。
面倒なことだが、そういうところは徹底している。
ただし、
「肌、真っ赤ね」
凛の顔、首、腕、足は、明らかに今日日焼けした痕があった。
「ええええええええっと……ちちちちちょっとたくさん散歩したから……」
昼間のアイリの冷静さはどこへやら。
凛は目を泳がせながら言う。
その反応に、私は「ふーん」と頷くが、素早く凛に近づくと、そのシャツをめくりあげた。
凛は小さく悲鳴をあげたが、私はその華奢な胴をじっくり観察する。
腹、胸、背中……、いずれも肌が赤々としていた。
唯一、真っ白だったのはブラの周囲だったが、その痕は、今つけているブラとは明らかにズレた位置だった。
また、近づいて気づいたが、凛の髪からは潮の香りが漂ってきていた。
「……」
「……」
しばし、沈黙。
しかし、今日の私は遊び疲れているので、無理な追求をせず、
「ねえ、凛。今日は久々に、一緒にお風呂入らない? 熱々のお風呂に」
そんな悪魔的な誘いをしてみた。
ちなみに私の肌からは、日焼け止めクリームの芳醇な香りが漂っていて、その色は以前と変わっていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます