妹と同じ顔の後輩に告られたけど、どう考えてもこの子は妹本人である

赤木入伽

ファイル1 後輩が妹かもしれない事件

「私が先輩の妹さんと同じ顔だから、先輩は私と付き合えないんですか? 鈴先輩にとって、私は妹みたいなものでしかないんですか?」


 放課後、ミステリー研究部の小さな部室のなかで、その言葉は響いた。


 私が、彼女からの告白を断って、彼女が言ったのだ。


 彼女――アイリは、私をまっすぐ見つめていた。


 真摯で、純粋で、濁りのない目で。


 それに対し私は、ちょっと言葉に迷いつつも、「そうじゃなくて――」と意を決して口を開く。


 私はアイリの肩に手を置き、


「あなた、私の妹――凛本人でしょ?」


 そう言う。


 すると私の目の前にいるアイリは、真摯で純粋で濁りのない目をツイイーと逸らし、バグったロボットになった。


「なななな何を言っているんですか、わわわわ私が鈴先輩の妹さんの凛さんと同一人物だっていいいいいい言うんですか? わわわわわ私が一人二役をししししているとでも? いやですよもう、まままままったく、ミステリーのよよよよ読みすぎですよよよよよよ」


 口をパクパクさせ、目をパチパチさせ、関節をギチギチに固まらせている。


 その様子に私は溜息をつき、冷たいパイプ椅子に腰掛ける。


 私、森井鈴の目の前にいる少女は愛里坂アイリ。


 三週間前、この廃部寸前のミステリー研究部に入部した一年生で、驚いたことに私の妹である森井凛と顔が瓜二つだ。


 いや、いっそすべてが同一と言っても良い。


 顔、髪型、身長、スタイル、声、何から何まで一緒なのだ。


 違うのは性格だけで、親の顔よりも妹の顔を見てきた私ですら区別がつかなかった。


 私は心底驚いた。


 しかも、まもなくアイリが私に告白してきたものだから、二重で驚き、そして悩んだ。


 これがただの後輩だったら、同性だってお試しに付き合うのも悪くなかっただろう。


 だが、実の妹と同じ顔の子と恋人関係というのはどうなんだろう?


 私は三日三晩悩んだ。


 凛や悪友の果南にすら相談できずに悩んだ――が、ふと思った。


 こんな偶然あるのか? と。


 こんな偶然があるなら、妹が他人になりすます可能性だってなくはない。


 何を目的にそんなことをするかは不明だが、そう考えたら、疑惑は次から次へと泉のように湧くのである。


「ほくろの位置まで一緒ってのはおかしくない?」


 私はアイリの目元を指差す。


「ななななな泣きぼくろなんて珍しくないですよ」


 アイリは言いつつも目元を手で覆い隠す。


「私、あなたと凛が一緒にいるところ見たことないんだけど」


「りりりり凛さんが幽霊部員なのが悪いんです」


「愛里坂アイリって名前、有栖川有栖みたいでいかにも偽名っぽくない?」


「ひひひひ人の名前が偽名っぽぽぽぽいなんて、しししし失礼ですよ?」


「前に、私のことをお姉ちゃんって言いかけたでしょ?」


「せせせせせ先生のことをお母さんって言い間違えたこともあああああありますよ?」


 しらばっくれる自称アイリだが、その態度がもはや証拠と言える。


 しかし、まだ物的証拠はないのも事実。


 だから、


「それじゃ、そこの問題は棚上げにしてあげるから、私を誘惑してみてよ」


 私は足を組んで、そう言った。


 ちょっと不敵な笑みも作ってみせる。


 ただ、当然ながらこの突然の提案に、バグったロボットのアイリは首を傾げる。


「どど、どういうこと、ですか?」


「ちょっとした勝負よ。――あなたが凛じゃないとしても、あなたが凛と同じ顔である以上は、私はあなたを恋愛対象には入れられない。けれど、あなたの誘惑で私がドキドキしたら、例えあなたが凛だろうと生き別れの双子の妹だろうと、私はあなたを恋愛対象と認めるわ」


 ざっと説明すると、アイリは目を見開いた。


 だがすぐに「けれど先輩が嘘をついたら?」と尋ねてきた。


「あなたが私の心臓の音を直接聞けばいいわ。もし私が拒んでも、それはやっぱりドキドキしていた証拠ってことでいいし」


 私が言うと、アイリは期待と不安が入り混じった顔をした。


 何か罠を警戒しているのかもしれない。


 まあ罠なのは確かだが、だからこそ私は冷静を装う。


「ただ、そうは言っても恋愛対象に入る――って話で、恋人になるとは言わないからね? そこは勘違いしないでよ」


 予防線を張るような態度をとり、あくまでも私がこの勝負そのものを真剣にとらえていると思わせる。


 するとアイリは警戒心を解いたようで、「分かりました」と頷き、ブレザーを脱いだ。


 ブレザーでは分かりにくいスタイルが、ほんのり露わになる。


 どうやら、色気で勝負してくるらしい。


 だが、その時、私は内心でほくそ笑んだ。


 なにせ今朝、凛は自分のシャツにコーヒーをこぼしてしまったが、そのまま登校したのだ。


 よってアイリ=凛が正しければ、今のアイリのブレザーの下には、黒々としたシミ付きシャツがあるはずなのだ。


 ただ、ストレートにシャツを見せろと言って承諾するアイリではないことは、先程のやり取りで明らかだ。


 だから、私を誘惑してみろと提案した。


 そうすれば、最初こそ言葉のアプローチになるかもしれないが、いずれは身体的アプローチに切り替わる。


 服を脱ぐこともありえる。


 すると、物的証拠は自ずと出てくる。


 そう思っての提案だったのだが、アイリはまず迷うことなくブレザーを脱いだ。


 飛んで火に入る夏の虫、そのものだ。


 証拠は、もうすぐそこにある。


 私は内心だけでなく、思わず実際の顔も笑顔になって――


 ――なって?


 あれ?


 私は首を傾げた。


 だが、アイリは襟元も緩め、黙々と女豹のポーズをしていた。


「どどどどどどうですか? 鈴先輩。どどどどドキドキしましたか?」


 そう言うアイリの方がドキドキしていそうだし、果たして女豹のポーズでドキドキする人間がいるのかは疑問だが、それらはさておき、私はアイリの脇腹に注目していた。


 そこは、凛がコーヒーをこぼしたはずの場所。


 しかし、コーヒーのシミは一切なかった。


 アイリが一回転してウィンクをしてみせるが、その腰は全体的に白い。


 ただこの部室棟は、幽霊塔と言われるほど薄暗くなりがちだ。


 影になっていて見えづらいのかも?


 私はそう思ったが、どう観察しても白い。


 私は背筋に、寒いものを感じた。


 ――アイリは、凛ではないのか?


「あ、あああ!? 鈴先輩、ももももももしかしてドキドキしてます!?」


 急にアイリが大声をあげた。


 私の困惑を、ドキドキと解釈したようだ。


 私は慌てて「違う」と首を振るが、アイリの動きは早かった。


「ししししし心臓の音を、ききききき聞かせてください!」


 アイリは、恐ろしいほどの速度で私に飛びかかってきた。


「ちょ、ちょっと待って! 今、他のこと考えていて――」


「あ! ききききき拒否するんですか!? ってことは、さささささ最初言った通り、これはもうドキドキしていると認定して、いいいいいいいいいいんですね!?」


「いや、だから、ちょっと待てって! とりあえず落ち着いてって!」


 私は言うが、アイリは殺人鬼になったかのように私に覆いかぶさる。


 私はなんとかもう少しシャツを確認したかったが、殺人鬼は止まらない。


 その両腕で私の二の腕をがっちりと掴み、自身の膂力と体重だけで私をパイプ椅子に拘束した。


「じじじじじゃあ、先輩の心臓の音を聞かせてもらいますね! っと――、あ! すすすすすす鈴先輩って、胸けっこう大きいですね!?」


「さりげにセクハラするな!」


「せせせせせセクハラは上の人間がするものなんで、私には当てはまりません! ……本当に大きくて、柔らかいですね。鈴先輩、よければシャツを脱いでくれますか?」


「よくないから! マジなトーンで言うな! 頬擦りするな! 呼吸を荒くするな! マジでこそばゆいから! マジでこそばゆいから!! マジでこそばゆいから!!!」


 本気で恥ずかしくなり、本当に心臓がドキドキしてきた。


 これは本当に本当に本当にマズい。


 最悪の場合、貞操の危機だ。


 妹と同じ顔の女相手に、私の初めてを捧げることになる。


 私は唯一拘束されていない足に力を入れようとした。


 だが、その時だった。


 部室の扉が音をたてて開いた。


「やあやあ、ボンジュール。ミステリー研究部部長の果南だよ、みんな来てるかい? っと、お取り込み中かい?」


 場の空気をまるで読まないミス研部長、果南が現れたのだ。


「果南! いいところに来た! ちょっとこの子を拘束して!」


「ぶぶぶぶぶ部長! わわわ悪いタイミングです! ちちちちちちょっと鈴先輩と二人っきりにしてください!」


 私とアイリが同時に声をあげた。


 どちらも切羽詰まった訴えだったが、果南は「ふーむ」と静かに頷くと、


「分かった。面白そうなので私は一旦退室することにしよう。さようならオ・ホヴァー


「ありがとうございます! 部長!」


「ちょっと果南! 戻ってこないとぶっ殺すわよ!?」


 私はできる限りの大声で脅迫したが、それで戻る果南でもない。


 果南は扉を閉める。


 アイリは暴走を続ける。


 どんどん呼吸が荒くなってきている。


 なんか声の端々に色艶が出てきている。


 が、扉が完全に閉まる直前だった。


 果南は「ああ」と思い出したように顔だけ覗かせて言った。


「アイリ君。その脇腹のわずかなシミは、おそらく紅茶かコーヒーでもこぼして、昼休みに家庭科室の食器用洗剤で取った痕なんだろうが、帰ったら早々に洗濯機に入れることをオススメする。さもないと、そのシミは永久に君のものだ」


 長々としたセリフを、ジャック・ニコルソンみたいな状態で言うだけ言って、果南は改めて扉を閉めた。


 そして、静寂が部室を包んだ。


 アイリも硬直し、私の腕を掴む握力もほとんど失っていた。


 私はおもむろにアイリの脇に注目し、手を伸ばす。


 すると、その部分はじっとりと湿っており、またよくよく見れば確かにシミの痕は残っていた。


「ぶぶぶぶぶ部長ぉ! よよよよよよ余計なことは言わないでくださいぃ!」


「あなたやっぱり凛でしょう!」


 悲痛な叫び声と、追求の怒声が、部室に響き渡った。





 ・・・幕間・・・



良いボン。実に面白い」


 果南は、ミステリー研究部室の扉を背に、一人つぶやいた。


 が、背後の喧騒がなくなると、即座にその場から逃げ出した。


 そして間を置かず、部室から鬼の形相の鈴が飛び出してきた。


 また、部室には俯いて正座させられているアイリの姿があった。

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