ワールドエンドスーパーノヴァ

夜方かや

エピローグ


 光が弾けた。

 襤褸ぼろとしか呼びようのない衣装をまとった男は後方に吹き飛んでいく。


 その様を凛々しい瞳は追った。ふたつの拳には金色の光が灯っていた。


 廃ビルに覆われた路地裏。沈みつつある夕日と長く伸びる影。瓦礫の散らばるコンクリートの上で、背中から落ちた男は二度と動かない。だが、その周囲からは無数の獣じみた呻き声が広がっていく。

 男と同じく襤褸を身に纏う集団。老若男女問わず共通するのは、力なく持ち上げられた両手とすり足の歩行。そして白濁した双眸――『ゾンビ』と呼ばれる感染者たち。


 光る拳を構えた瞬間、凛とした声が聞こえた。


「援護は任せよ。存分に暴れるがよいぞ」


 牡丹ぼたんの赤が染め抜かれた黒い振袖が翻る。躍り出たのは小柄な影。両手に握った黒い塊――回転式拳銃――が火を噴いた。

 轟音が轟き、着弾したゾンビの頭部が二つ弾け飛ぶ。しかしゾンビの集団は行軍を開始する。怯むことなく。そもそも感情すらなく。


 その集団へと悠然と歩いていく。拳を固めながら。歩むたび、両手の金色から燐光が宙を舞う。そして時を移さず対峙。迷わず正拳を突いた。


 拳の命中したゾンビの身体で光が弾けていく。次々と。

 薄闇の入り混じる終末世界で連弾花火のように光が煌めく。続々と。

 やがて残光は闇に溶けていく。消えていく。その中で。

 かつて生ける屍だった者たちは、安堵の表情で永遠の眠りにつく。


 彼らを見送る瞳からは凛々しさが失われ、哀切の色だけが残る。


 そこに立つひとつの影――それはまるで地獄へと現れた〝救世主ヒーロー〟のような。

 

 小柄な影――長い髪をふたつに結った振袖の少女が言った。


「迷える魂を解放してやったのじゃ。お主が気に止むことなぞない。むしろこれは救いじゃ」


 淡々と話す彼女へと、適切な返答など思いつきはしない。それでも問わずにはいられない。そう思えばこそ口を開こうとした。だが小石が転がる音が聞こえて、結局口は閉ざされる。


 ふたつの影が振り返った先には、制服姿の警官が立っていた。ゾンビほどではないにしろ上下共に泥汚れがひどかった。


「こんなところで何をしているんですか? ことと次第によってはじっくり話を聞かせてもらう必要がありそうですね」

 

 分かりやすいまでの職務質問。言葉遣いはあくまで丁重に、だが既に構えれらた拳銃。銃口はしっかりと向けられている。なにより瞳はギラギラと異様な光を放っていた。


 少女は臆することもなくふふんと鼻を鳴らして、


「悪徳警官じゃろう、お主。まあたかがにして些少さしょうよ」


 少女の態度に、警官は早々と痺れを切らす。本性を現したように叫んだ。


「止まれ! 止まらないと撃つぞ!!」


 もちろん威嚇ではない。だが少女はやはり動じもしない。らしからぬ嗜虐的な笑みさえ浮かべていた。


「なんじゃあそれは? 死亡フラグか?」


 言い終えぬうち、ぶら下げていた右手を振り子の如く揺らしざま、回転式拳銃の撃鉄を引いた。射出された弾丸が警官の足元で炸裂する。砕かれたコンクリートの欠片と砂煙が舞い上がる。

 躊躇いなく彼は飛び出していく。そして白く覆われた視界の中で光が弾けた。


 大の字に転がる警官。空を見上げるのは呆然とした表情。それでも呼吸は規則正しく。見開かれた瞳の異様な色は消え失せている。


 少女が声を張り上げる。


「で、次の手はなんじゃ? それよりも、じゃ。もう解っとるぞ。隠れとらんと出てきたらどうじゃ?」


 音も無く無数の影が姿を現す。廃ビルの脇に、うず高く積もったジャンクの小山の上に。群衆は気だるそうに、だが、すり足でない歩行と色のある瞳がゾンビでないことを物語っている。


「だからよぉ、言ったじゃねえかよぉ、峰岸なんかに任せちゃダメだってよぉ」


 集団の先頭に立つ長身の男が隣へと声をかけた。銀髪のストレートヘアに、ぴたりと張り付いた白シャツ越しにも分かる鍛え上げられた肉体。Kポップアイドル風の容姿。だとして身体中に巻き付けたアクセサリーには過ぎる太めのチェーンが異様さを際立たせている。なにより糸のような瞳は黒く塗りつぶされ、真意が測れない。


「そう言うなよ、雨彦あめひこ。手柄を上げるチャンスは、を得られるチャンスは誰にだって均等にあるべきさ」


 咎めるでもないハスキーボイス。パンク風に尖らせた黒髪とフェイクファーのジャケット。華奢で小柄な体躯と中世的な顔立ちは一見女性そのもの。

 長い睫毛に彩られた瞳を向けて、ほのかに色のついた小ぶりな唇が開く。呪文のような声が滑らかに紡がれる。


「このゾンビどもで溢れる狂った世界も悪くないとは思わないか? なによりオレにとっては都合がいい。選別がしやすいという意味でな」


 怪しげに瞳を輝かせ、艶めかしく笑う。そして続けた。


「オレの名は竿止呂瓶さおとめろびん。この混沌とした世の王となるべき存在。言うなれば混沌王ロビンってわけさ。喜べ、お前たちはオレの目に敵ったぜ。オレの手足となるのなら、オレの役に立つのなら、褒美を、対価をくれてやるぜ?」


 ロビンの申し出を、少女は一笑に付す。


「論外じゃ。まったくのう。ゾンビに灰色たちボーダー、それに裏で糸引く者マスターマインドやらで大忙しだというのにのう……」


 雨彦と呼ばれた男は、禁断症状をこじらせたかの如く銀髪を掻き毟った。そのたび身体中で鎖が軋る。そしてまくし立てた。


「だから言ったろうがよぉ、ロビンよぉ、峰岸なんかじゃダメだってよぉ、お前の役に立てるのは俺だけだってよぉ。俺を見ろよぉ、ロビン。お前の役に立てるのはよぉ、峰岸よりも魁都かいとよりもよぉ、俺なんだよぉ。俺だけを見ろよぉロビン、対価を与えるのはよぉ、俺だけでいいんだよぉ、ロビンよぉ」


 雨彦が鎖で巻き付けていた物――背中に忍ばせていた木刀――を掴んだ。長身を誇る雨彦の背丈ほどもある長刀。刀身が赤黒く染まるそれを軽々と片手で構え、早くも戦闘態勢を整える。


 それを視界に捉えても少女は微動だにしない。むしろ余裕のようにスマホを一瞥する。


「……『恩寵持ちギフテッド』までしゃしゃってくるとはのう。そこな混沌王さまの『恩寵ギフト』の名は〝女王蜂クイーン〟。契約を交わした働き蜂に対して、女王蜂が報酬を、つまりは甘い蜜を与えることによって虜とする能力じゃ」


 長刀を片手で正眼に構える雨彦の耳元に、ロビンが何ごとか囁くと、雨彦の頬は上気し瞳の色がなおさらに異様な光を放ち始める。

 後方で見守っていた、その他の蜂の集団の瞳にも次々と異様な色が灯っていく。


「エンチャンターとの合流の時が迫っておるでな、手早く済ませてもらうぞ」


 少女が両手の回転式拳銃を構えた。


「さあて、救世ぐぜの時間じゃ。衆生しゅじょうことごとくにして浄化を施してくれようぞ」


 その声を置き去りに。

 駆けだしていく。


 『彼』を語る上で適切な言葉はそれ以外に思い浮かばない。正義、という単語で括ることは出来ない。そもそも正義だとて、思想や理想が行き過ぎれば変質してしまうだろう。


 だから、彼は。


 〝救世主ヒーロー〟は――


 残光を置き去りに。

 立ち向かっていく。

 

 ――〝悪〟へと。



                       ワールドエンドスーパーノヴァ

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