第105話 哀しき宿命に立ち向かう機人たち 6


「――瑠佳さん!」


 薬でも飲まされたのか、瑠佳は僕が呼びかけてもうっすらと目を開けただけでまともな反応を示さなかった。


「これからお前を『処置』させて貰う。……なに、身体の一部を抜き取らせてもらうだけだ。拒否すればこの女機人は死ぬ。抵抗しない方が身のためだ」


 ノーマッドが不敵に言い放つと左右の人物が動き、僕の方に移動を始めた。


「なにをするつもりだ」


 僕が反射的にマグナムのホルスターに手を伸ばすと『処刑者』が「おかしな真似はよせ」と機械で合成したような声で威嚇した。二人が僕の腕を掴み、身体の自由を奪うと床から施術台のような物がせり出し始めた。身の危険を感じた僕がもがくと『処刑者』が以前、僕に使ったスプレーを取り出し、鼻先に噴霧した。


「……うっ」


 運動中枢をやられ力を失った僕を、二人が台の上に枷で拘束した。うつぶせの状態で台に手足を固定された僕は、顔を上げて薄笑いを浮かべているノ―マッドを睨み付けた。


「君の背中にあるエンジンは、どうやら特別な仕様になっているらしい。ゼノシスどもの手に渡る前に抜き取らせてもらうよ」


 くそっ、やはり奴らの狙いは『タナティックエンジン』か。抜き取られても僕自身に変化がないのなら、くれてやってもいい。それで瑠佳さんの命が助かるのなら安いものだ。


「――やれっ」


 ノーマッドが命じた直後、身体の両脇で何かが蠢く気配があった。やがて不快な感触と共に機械とも生き物ともつかぬ何かが僕の背に這い上り、僕は直感的にそれが『機喰虫』であることを理解した。


「そいつらは身体を喰い破るだけでなく、多関節アームの舌で内臓をえぐり出す機能を持っている。無粋なオペレーティングマシンなどよりよほど効率的で芸術的だろう?」


 ノーマッドが得意げに言い放った瞬間、激痛と共に鋭い歯で背中の人工皮膚が喰い破られた。


「――あああっ」


「素晴らしいオペだ、虫ども。お目当ての品を見つけ次第、えぐり出して持って来るのだ」


 ノーマッドの狂気に満ちた笑いがこだまし、僕の内部をおぞましい虫どもが食い荒らすのが感じられた。やがていくつかのケーブルが噛みちぎられる感触があり、身体のあちこちで小さな部品がショートし始めた。


「ぎいっ」


 突然身体の上で虫が耳障りな声をあげ、僕は思わず身を固くした。そのまま耐えていると虫たちは舌を身体の奥深くねじ込み、何かを身体の外へ引っ張り出そうとしはじめた。


 ――『タナティックエンジン』か!


 僕が身を捩ると、虫たちの挙動に気づいたノーマッドが「ほう、見つけたか」と喜びの声を漏らした。


 『タナティックエンジン』は徐々に引きずりだされ、装置を固定しているケーブルが引きちぎられるたびにまるで心をむしられるかのような苦痛と絶望が僕を襲った。


 ――もうだめだ、ごめんよ瑠佳さん、拓さん……


 あまりの苦痛に僕が音を上げかけた、その時だった。凄まじい衝撃と共に手足を縛めていた枷が吹っ飛び、僕は背中の虫たちと共に床の上に転がった。


「後をつけてきてよかったぜ、基紀。シャッターに大穴を開けちまったが、なにしろ急いでたんでな。悪く思わないでくれよ」


 声のした方に目を遣ると、旧式のプラズマライフルを手にした拓さんの姿が見えた。


「――瑠佳!……なんてことを」


 拓さんは怒りに満ちた声で叫ぶと、鉄骨の基部に向けてライフルを撃った。次の瞬間、轟音と共に鉄骨が崩れ、瑠佳の身体が床に落下した。


「おのれ、あと一歩のところで……『処刑者』よ、その狼藉者に天罰を与えるのだ」


 ノーマッドが叫ぶと、『処刑者』が拓さんに向かって斧を投げつけるのが見えた。


「……ぐあっ」


 斧は拓さんの右肩に命中し、ライフルを持った腕が火花を散らしながらちぎれ飛んだ。


「――拓!」


 鉄骨の下から這い出した瑠佳が、床に倒れ込んだ拓さんを見て目を見開いた。僕はオイルを流しながら立ちあがると、『処刑者』の前に立ちはだかった。


「拓さん、見ててくれ。僕だってみんなのために戦えるってところを」


 僕がマグナムを構えると、『処刑者』が腰から二本目の斧をゆっくりと抜いた。


「……基紀、もう一人の方を狙え。そいつが俺を襲った奴を操っている」


「操っている?」


 僕が小柄な人物に目を向けると、人物は咄嗟にコントローラーのような物を隠す素振りを見せた。


「あれか!」


 僕が引鉄を引くと、コントローラーらしき物体が火を噴いてはじけ飛んだ。


「――しまった!」


 小柄な人物が手を押さえてうずくまると、それに合わせるかのように『処刑者』の動きが止まった。『処刑者』は呻きながら身もだえすると、黒いマスクをみずからむしり取った。


「……えっ?」 


 マスクの下から現れた『処刑者』の素顔を見た僕は、あまりのことに言葉を失った。


「う……うう……」


 頭を押さえ苦し気に唸っている敵は、僕がよく知っている人物――アマンダだった。

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