第104話 哀しき宿命に立ち向かう機人たち 5


「瑠佳ですか?……ええ、一時間ほど前、十分ほど立ち寄りましたけど」


 僕が機人コーヒーのサーバーを手に工房に入ると、拓さんが困惑したような顔で誰かと通話しているのが見えた。


「こっちはとっくに出ましたけど、その後のことまでは……はい、何かわかりましたら連絡します」


 通話を終えた拓さんは、僕に気づくと「基紀、瑠佳がここに来た時、何か言ってたかな。次にどこへ行くとか」


「いや、何も言ってなかったけど……どうかしたの?」


「阿修羅先生のところに行くことになっていたらしいんだが、予定の時刻を大幅に過ぎても連絡がないそうだ。あいつらしくないな」


 拓さんはそう言うと、再び端末を操作し始めた。恐らく瑠佳に直接、連絡を取るのだろう。僕が妙な胸騒ぎを覚えた、その時だった。今度は僕の端末が、唐突に鳴り始めた。何の気なしに画面表示をオンにした瞬間、僕はその場に固まった。


「久しぶりだな、機人。ゴメスの街では随分と世話になった」


 画面上に現れたのは『機生界』の司祭長、ノーマッドだった。


「何の用だ。僕に付きまとうのは止めてくれ」


 僕は拓さんに要らぬ心配をさせぬよう、小声でノーマッドをけん制した。


「お前の仲間が大切にしている女の身柄を確保した。仲間には知らせず、一時間以内にユーズドマシンエリアの機人再生工場に来い。時間以内に来なければ、女機人は溶けた塊に戻ると思え」


 ノーマッドは要求を一方的に告げると、通話を打ち切った。奴が言っていた女性と言うのは、瑠佳さんのことに違いない。僕は繋がらない電話に苛立っている拓さんを横目に機人街マップを出すと、機人再生工場の位置を調べ始めた。


「……拓さん」


「ん?なんだい」


「旅に必要な物を買いに、一時間ばかり出かけてくるよ」


「そいつは構わないが、たとえ近くでも何か武器を持っていった方がいいぞ、基紀。ハリィが倒されたとはいっても、敵がいなくなったわけじゃない」


「わかってるよ拓さん、こいつを持っていく」


 僕は拓さんにマグナムを吊るしたホルスターを見せた。


「そうか、ならいいが、無茶するんじゃないぜ」


「ああ、わかってるよ」


 ぼくはそそくさと工房を後にすると『変身屋』の裏手に回った。


「周さん、このスクーター。一時間ばかり借りてもいいかな」


 僕がそう声をかけると、裏口の前で掃除をしていた周が「いいよ、特別に無料レンタルね」と言って店内に戻り、ヘルメットとキーを手に再び僕の前に姿を現した。


「ありがとう、周さん」


 僕はスクーターに跨ると、機人再生工場の位置情報を流し込んだ。


「ちょっとそこまで出かけてきます」


「あいよ」


 僕は後ろめたい思いと共に、スクーターを発進させた。おそらく僕を狙った罠だろうが、他の人を巻きこむのはもう耐えられない。


 僕は一度も足を踏み入れたことのないユーズドマシンエリアを目指し、たった一人でスクーターを飛ばした。



                ※


 機人再生工場は、パーツ屋と中古マシン屋がひしめくユーズドマシンエリアの外れにあった。すでに稼働を止めてかなりの月日が経っているらしく、出入り口と思しきシャッターは上から下まで見事に錆びついていた。


 シャッターの下に手を入れて渾身の力で持ち上げると、悲鳴のような音がして数十センチほどの隙間が生まれた。僕は体を折り曲げると薄暗い内部にそっと足を踏みいれた。


 工場の窓は板で目隠しされ、内部は物の形がかろうじてわかる程度だった。僕は息を殺し、積み上げられたスクラップと打ち棄てられた電動工具の間を慎重に進んでいった。


 こんなところで一度に襲い掛かられたらひとたまりもないな、僕がそんな悲観的な想像にとらわれた時だった。いきなり照明が点き、周囲の様子が露わになった。


「本当に一人できたのだな。褒めてやろう」


 声のした方に目を向けた僕は、信じがたい光景に思わず息を呑んだ。工場の奥にノーマッドと黒づくめの人物が二人、待ち構えているのが見えた。二人のうち体格のいいほうは腰から斧のような武器を下げており、クロエの店で遭遇した『処刑者』に間違いなかった。


「今からいい物を見せてやろう。そこから動くなよ、機人」


 ノーマッドが言うと背後のシートが取り払われ、隠されていたおぞましい光景が露わになった。それは十字架の形に組まれた鉄骨に手足を縛り付けられた、瑠佳の姿だった。

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