第77話 荒野の風に吹かれる機人たち 9


「いたぞ、例のカップルだ。噂通りナイトクラブの廃墟に入っていった」


 物陰から通りを覗きつつ、僕が徹也に合図を送ると背後で「行くか」と声がした。


 僕らは物陰から這い出すと、闇に沈んだ廃墟の玄関へカップルを追って移動した。


「いいか徹也、僕たちは一応、札付きの不良っていう設定だ。この辺りのボスみたいな顔で乗り込んでくれよ」


「ああ、わかってる。でも本物の不良以上に怖い不良なんて、できるかなあ」


 鋲を打ったジャンパーにごついブーツ、手に用途不明の鎖を携えた徹也は、

見た目だけなら近寄るのをためらわせる迫力があった。


 一方の僕は、服装こそ同じだが小柄な上、声も小さい。どうにも迫力に欠けるのは否めなかった。


「なあ基紀、暗くて先が良く見えないぞ。……本当にこの奥にいるのかな」


「不良が廃墟を怖がってどうする。確か噂だとVIPルームで酒を飲んでは騒いでいるらしい。真っ暗ってことはないだろうから、照明が点いてるフロアを探すんだ」


「わかったよ。……ああ、気が進まないなあ」


 徹也のぼやきを聞き流しつつ暗い廊下を奥へと進んで行くと、やがて、豪華な扉が目の前に現れた。


「ここだな。……隙間から光が漏れてる」


「どんなふうに入ってけばいいのかな」


「扉を蹴破っていけよ。不良の登場ってのはそういうもんだ」


 僕が適当な檄を飛ばすと、徹也は「やってみる」と言って一歩後ずさった。


「うりゃああー!」


 徹也が壊れんばかりの勢いでドアを蹴破ると、毒々しい光に包まれたフロアの奥で「ひいっ」と声が上がった。


「なっ……何だお前たちはっ」


 奥のボックス席で女の肩に手を回していた男が、立ちあがって目を見開いた。


「おいおい、俺たちの隠れ家で飲むんだったら一言、挨拶くらいはしてくれないと困るぜ」


 徹也が精一杯どすを効かせた声で言うと、アンソニーと思しき大柄な男性はおどおどした口調で「し、知らなかったんだ」と答えた。


「知らなかったのか、じゃあしょうがねえな」


 徹也と僕はカップル――デビーとアンソニーに歩み寄ると「せっかくだから一緒に呑もうぜ」と迫った。


「あ、あの、俺たちは通りがかったついでにちょっと休んでただけで……そろそろお暇します」


「野暮言うんじゃねえよ兄さん。……そうだ、お近づきの印に俺のとっておきの店に連れて行ってやるよ」


「……とっておきの店?」


「ああ、このすぐ近くなんだ。……当然、つき合えるよな?姉ちゃん」


「あ、ええと……」


 デビーが口ごもって露骨に眉を顰めた瞬間、アンソニーは目線を動かし「言われた通りにするんだ」という表情をこしらえた。


「ようし、決まりだ。付いてきな」


 徹也がくるりと背を向けると、デビーがばねの入った人形のようにぴょんと立ちあがった。僕は威嚇するようなまなざしを二人に向けつつ、徹也の後に続いた。


廃墟を出て真っ暗な表通りに足を踏み入れると、ふいに近くでクラクションの音が聞こえた。近くに車を回したという拓さんからの合図だ。


 僕らは闇の中にトラックのコンテナを探し当てると、振り返ってデビーとアンソニーに「ここだ、ここがとっておきの店だ」と告げた。


「えっ、ここが……?」


 徹也がコンテナを目で示すと、アンソニーが「まさか」と言った表情でその場に固まった。


「そうとも。ここが俺の行きつけの店『マシンナーズ・バー』さ」


 僕らが後部の扉を開け、内部の様子を披露すると二人から代わる代わる驚きの声が上がった。無理もない、じゅうたんを敷き詰めた床にはソファーが置かれ、天井からはシャンデリアが吊るされているのだ。


「さあ、入った入った。ドレスコードはないから遠慮することはねえ」


 徹也は急かすように二人を促すと、ソファーに収まるのを待って僕に目で合図を寄越した。


「拓さんからゴーサインが出たら扉を閉める。タイミングを教えてくれ」


 僕は頷くと運転席の方に移動した。


「VIPのお客様二名、ご到着です」


「オーケー。十秒後にガスを放出する。うっかり嗅がないように気をつけろ」


 僕は黙ってうなずくと、振り返って徹也に「閉めろ」と合図を出した。徹也が素早く後部扉を閉めると、内部から「おい、何の真似だ」というアンソニーの声が漏れ聞こえた。


 ――すまない。あなたたちに恨みはないが、こうするしかないんだ。


 数秒ほど間があって、やがて内部で人の倒れる音が続けざまに聞こえた。


「……さてと、それじゃあ俺はカップルの手足を縛めに行くとするかな」


 手にロープを携えて運転席から降りてきた拓さんは、僕らを見ると口の端を持ち上げた。


「拓さん、僕らが『蜂の巣にされる』までの数日、彼らの見張りをお願いします」


「ああ、わかった。せいぜいうまくやっとくれ『誘拐犯』さん」


 拓さんは軽い口調で言うと、口にタオルを巻いてコンテナの後部扉を開け始めた。

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