第65話 荒海へと漕ぎ出す機人たち 20
ショウの声が響き、僕は思わず頷いていた。ダメージを負った部分をかばいながら戦えば、他の部分ががら空きになる。こういう場合は、守りを捨てて相打ちを狙うのがダメージングファイトの鉄則だ。
「今度は容赦しないぜ。確実にぶっ壊してやる!」
僕は鬼藤の拳を紙一重のところでやり過ごすと、懐に飛び込んで左脚で伸びあがった。
「どこだっ」
鬼藤が僕を見失った直後、僕の拳が爆発的に伸びて鬼藤の顎を捉えた。マシンファイトでは反則のロケットアッパーだ。
「――がっ」
鬼藤はのけぞりながら、動物的ともいえる動きで僕の右手を掴んだ。
「……なめた真似をしてくれるじゃねえか」
鬼藤は僕を空中高く吊るすと、錆びた金属と腐った肉の混じったような息を吐きかけた。
「……だがな、機人の世界に神様はいない。お前の悪運もこれまでだ」
鬼藤は空いている方の手で巨大な鉈を取り出すと、僕の左肩あたりに狙いを定めた。
「死ね機人!」
鬼藤が僕の首筋に鉈を振り降ろした、その時だった。突然、折れた左腕が肩口から外れると、金属のアームが現れて鬼藤の手首を掴んだのだった。
「……くっ、ふざけた真似を!」
金属のアームが手首の肉にめり込むと、同時に肉が灼ける嫌な臭いが立ち込め始めた。
「やめろ、これ以上はやるな」
僕が自分の身体に向かって叫んだ瞬間、ぼきりという音がして鬼藤の手首から先が切断された。
「……ああ」
右手を解放され、地面に崩れた僕は手首から血を流して呻いている鬼藤を絶望的な思いで見つめた。強化人間とはいえついに僕の中の攻撃衝動は、人を傷つけてしまったのだ。
「こっ、このゴミ野郎がああっ」
鬼藤は残った左の拳で僕の額にストレートを見舞った。額の骨が内部の銃ごと潰され、僕は吹っ飛んで舗道の上に後ろざまに倒れた。
鬼藤は倒れている僕に歩み寄り、「ふざけやがって」と吐き捨てるとブーツのスパイクで僕の右手を踏みつぶした。長く伸びたスパイクの針は手の平を貫通し、右手のモーターが火花を散らして沈黙した。さらに鬼藤は左手で僕の首を掴むと、大量出血しているとは思えないほどの凄まじい力で絞め上げ始めた。
「さあどうする。もう両手は使えない、頭の飛び道具も使えない。……ずいぶんとてこずらせてくれたが、これでおしまいだ」
首に加わる力が強まり、何本かのチューブがちぎれるのがわかった。目の前が暗くなり、頭の中が死の予感で赤く染まった、その時だった。額から上の頭部がくるりと百八十度回転したかと思うと、後ろ側に装備されていたもう一つの銃が鬼藤の左腕を撃ち抜いた。
「ぎゃああっ」
鬼藤は僕の首から手を離すと、「痛えよ、痛え」と呻きながら後ずさった。
「嘘だろ……頭に二丁も銃を持ってるなんて、ひでえじゃねえか」
僕が銃を露出させたまま歩み寄ると、鬼藤は近くの塀に背をつけて命乞いを始めた。
「なあ、頼むから命だけは助けてくれよ。機械にだって情けの心ぐらいはあるんだろう?」
「…………」
なりふり構わず命乞いをする鬼藤の姿に、僕は激しく動揺した。やがて身体の震えが嘘のように消え、頭部の銃が静かに収納された。
「……二度と僕の前に顔を見せるな」
僕が言い放った、その時だった。鬼藤の膝が開き、中から小型の銃が飛びだした。
「――甘いな、機人!」
鬼藤が銃を手にしたその時、僕の胸が開いてマグナムを携えた小型のアームが出現した。
「……なっ」
鬼藤が指を引き金にかけた瞬間、轟音と共にマグナムが火を噴いた。額の中心を撃ち抜かれた鬼藤は塀に激突すると、赤い血の帯を引きながらずるずるとその場に崩れていった。
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